組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「佐山、手荒な真似はするなって《《上から言われてる》》だろ」
 泣きながらくぐもった声を上げる芽生を捕まえた男――佐山――の背後から、木田や佐山より(とお)ばかり年嵩(としかさ)の男が来てそんなことを言う。
「けどアニキ、こいつがいきなり叫ぼうとしやがるから」
「こいつじゃない、神田(かんだ)芽生(めい)さんだ」
 芽生のフルネームをサラリと告げたその男に、芽生はビクッと身体を震わせた。
「それに……彼女が叫ぼうとしたのだって、お前が怖がらせたからだろぉーが」
 声こそ穏やかだが、どこか有無を言わせぬ威圧感に気圧(けお)されたように佐山がしゅんとした。
「すみません、アニキ」
 それでも芽生を捕らえる腕も、押さえたままの口元も緩めてくれる気はないらしい。
 芽生は自分がどうされるのか分からなくて、とりあえずこの中で一番力を持っていそうな目の前の男を、涙で潤んだ瞳でじっと見詰めた。
「申し遅れました。わたくし、三井と申します。悪いようにはしません。ので、大人しくついて来て頂けますか?」
 芽生の視線を真っ向から受け止めた三井と名乗った男が、(うやうや)しく芽生に手を差し出してくる。
 スーツをきちっと着こなした三井は、千崎の雰囲気にどことなく似ている気がした。
 石矢(いしや)もそうだけれど、年若い子たちは割とラフな格好をしている。だが、そこそこに役職を持っていると(おぼ)しき人たちは身なりや立ち居振る舞いが一般的なサラリーマンより洗練されているというイメージを、芽生は何となくの肌感覚で持っていた。
 京介だって言葉遣いこそ荒っぽいが、行動自体は紳士的だし、着ているものも抜群にセンスがよくて、いいものを身につけている。
 そう思った芽生は、背後の男に押さえつけられたままよりも、三井の言うことに従った方が幾分《《マシ》》だと判断した。
 口を塞がれたままだったので(まばた)きで同意の意志表示をすると、三井が佐山に目配せをして芽生の拘束を解かせる。
 急に自由になった身体を持て余して芽生がヨロリとよろけたら、三井がさり気なく抱き留めてくれた。
 この感じも何となく京介や千崎を彷彿(ほうふつ)とさせられて、芽生はこんな状況だというのに少しだけホッとしてしまった。


***


「それにしてもイケナイお嬢さんですね」
 芽生(めい)の手を引いて歩きながら、三井が苦笑する。
「――?」
 彼の発した言葉の意味が分からなくて、芽生がすぐ横を歩く三井を見上げたら、三井が建物横にある鉄扉そばへ取り付けられたインターフォンを押しながら吐息を落とした。
 インターフォンとは別に壁の際へは防犯カメラと(おぼ)しきものもあって、それがあからさまに芽生たちへ向けて動くのが見えた。それと同時、『はい』という応答があって、防犯カメラの映像と一緒にインターフォンへ取り付けられたカメラの画像も確認したのだろう。『お帰りなさい、アニキ。お入りください』という言葉とともにガチャッとドアの方から開錠音が響いた。
「家から出てはいけないって言われなかったんですか?」
 重そうな鉄扉を押し開けながら芽生を先に中へ入れると、すぐ背後から三井の声が降り注いでくる。
 扉を抜けた先は一直線に階段が続いていて、芽生は背後から(うなが)されるままにステップへ足を掛けた。
「あ、あの……どうしてそれを……?」
 確かに京介からは何があっても外へ出てはいけないと言われたし、もっといえば、チャイムが鳴っても居留守を使えとまで言われていた。
(でもっ。京ちゃんが怪我をしたって言われたんだもん。仕方がないじゃない)
 そう言い訳をした芽生の心中を見透かしたみたいに、三井がはぁーっと大きな溜め息を落とす。
「年長者の言うことを聞かないからこういう目に遭うんです。それがなけりゃぁわたしだって、わざわざ下まで降りる必要もなかったんですがね」
 まるで芽生のせいで自分も面倒ごとに巻き込まれているんだと言わんばかりの物言いに、さすがに違和感を覚えずにはいられない。
 さっきまでは怖くて堪らなかったはずなのに、三井と話していると警戒心が薄れてしまうのは何故だろう。

 十数段の階段を登り切った先には、またさっきみたいに鉄で出来た重そうな扉があって、芽生たちがその前で立ち止まるなり、見計らっていたように扉が内側へ向かって開いた。
 先程外で見たときと同じように、階段の途中――天井付近――にも防犯カメラが設置されていたから、それで監視されていたんだろう。
「どうぞ」
 言われて背後の三井から押されるようにして室内へ入った芽生は、一斉に自分へ降り注がれる男達――十人以上はいる――の視線に気圧(けお)されて、思わずたじろいでしまった。
 不用意に見知らぬ男の誘いに乗って車へ乗り込んでしまったばかりに、京介のマンションからかなり離れたよく分からない建物の一室へ押し込まれてしまった。
 今さらのように現状を把握して物凄く不安になった芽生は、この中では一番マトモそうな三井を振り返ったのだけれど、それと同時、不意にいま背を向けたばかりの部屋の奥の方から盛大な溜め息が聞こえてきて……芽生はビクッと身体を跳ねさせる。

 恐る恐る身体ごと向きを変えた芽生の視線の先には――。
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