組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
10.長谷川建設
京介に連れられて出向いた先は、『長谷川建設』という看板が出た平屋建ての小さな事務所だった。
建設会社というだけあって、既存のプレハブとかではなく〝ちゃんと建てられた建物〟という感じの佇まいは、外観からしてそこはかとなく可愛い。ぱっと見レンガ造りっぽいけれど、実際はそう見える外壁パネルを使用しているらしい。
引き戸を開けて中に入るなり、いくつも並べられた机が見えて、入り口から真正面にあたるデスクに人影がひとつあった。
「おう、長谷川、仕事中に悪ぃな」
引き戸を開けて京介が手を挙げるなり、眼鏡を掛けた作業着姿の男性が立ち上がってこちらへやって来た。
「まぁ私もお前にはいつも世話になってるからな。お互い様だ」
レンズ越しでも分かる色素の薄い瞳と、ふわふわとした印象の薄い髪色。穏やかな立ち居振る舞い。
(わー、長谷川社長だっ)
京介と違って、十八歳の時に施設を出てからは会っていない人だったから、およそ五年ぶりか。
太ったとか老けたとか……そういうわけではないのだけれど、どことなく五年前よりちょっぴり年を重ねて燻し銀の風格を兼ね備えたように見えるのは仕方ないだろう。
京介の肩越しに彼を観察していたらバッチリ目が合って、芽生は慌ててぺこりと頭を下げた。それと同時、長谷川社長が瞳を見開いて息を呑んだのが分かった。
「ちょ、ちょっと待て、相良……。お前のそばにいる《《女性》》、ひょっとして……『陽だまり』にいた子かっ!?」
というより、五年の歳月はお互いの上へ平等に降り注いだのだと、長谷川社長が自分のことを〝女の子〟ではなく〝女性〟と称してくれたことで実感させられた芽生である。
「ああ。神田芽生。――覚えてるか?」
「覚えてるも何も……一人だけ相良に懐いてた奇特な子じゃないか。確かお前もいつも彼女のためにチューリップを用意してたよな」
ククッと笑って「久しぶりだね」と眼鏡の奥の目を細められた芽生は、何となく気恥ずかしくなって京介の腕をギュッと握ってちょっとだけ彼の陰に隠れた。
「こら、子ヤギ。社会人だろ。ちゃんと挨拶しねぇか」
途端京介に叱られて、グイッと前に突き出されてしまう。
「や、ヤダッ、恥ずかしいっ! 京ちゃんの鬼っ! 悪魔っ!」
そんな京介に懸命に抗議の声を上げる芽生を見て、長谷川社長が更に笑う。
「まさか彼女《《も》》シャイなのか?」
別に芽生は恥ずかしがり屋というわけではない。だって仕事ではファミリーレストランで不特定多数の人間を相手にニコニコと接客するホールスタッフなんてやれている。ただ、そう。強いて言うならば、自分の幼い頃を知る相手に突然対面させられたという事実が、何だか気恥ずかしかっただけなのだ。
(ところで長谷川社長。私を誰と比べてるの?)
〝彼女も〟という言葉には当然比較対象があるはずだが、芽生はその相手に思いあたる節がない。
キョトンとして京介を見上げたら、「そういや、《《姫》》はいねぇのか?」と辺りを見回した。
「姫?」
(京ちゃんに〝お姫様〟呼ばわりされるだなんて、羨まし過ぎる! とか、断じて思っていないんだからね!?)
そう自分に言い聞かせながらつぶやいた芽生に、長谷川社長が「静月ならちょっとそこまで茶を買いに行ってもらってんだ」と、物凄く優しい顔で芽生たちの背後の引き戸を見遣る。
建設会社というだけあって、既存のプレハブとかではなく〝ちゃんと建てられた建物〟という感じの佇まいは、外観からしてそこはかとなく可愛い。ぱっと見レンガ造りっぽいけれど、実際はそう見える外壁パネルを使用しているらしい。
引き戸を開けて中に入るなり、いくつも並べられた机が見えて、入り口から真正面にあたるデスクに人影がひとつあった。
「おう、長谷川、仕事中に悪ぃな」
引き戸を開けて京介が手を挙げるなり、眼鏡を掛けた作業着姿の男性が立ち上がってこちらへやって来た。
「まぁ私もお前にはいつも世話になってるからな。お互い様だ」
レンズ越しでも分かる色素の薄い瞳と、ふわふわとした印象の薄い髪色。穏やかな立ち居振る舞い。
(わー、長谷川社長だっ)
京介と違って、十八歳の時に施設を出てからは会っていない人だったから、およそ五年ぶりか。
太ったとか老けたとか……そういうわけではないのだけれど、どことなく五年前よりちょっぴり年を重ねて燻し銀の風格を兼ね備えたように見えるのは仕方ないだろう。
京介の肩越しに彼を観察していたらバッチリ目が合って、芽生は慌ててぺこりと頭を下げた。それと同時、長谷川社長が瞳を見開いて息を呑んだのが分かった。
「ちょ、ちょっと待て、相良……。お前のそばにいる《《女性》》、ひょっとして……『陽だまり』にいた子かっ!?」
というより、五年の歳月はお互いの上へ平等に降り注いだのだと、長谷川社長が自分のことを〝女の子〟ではなく〝女性〟と称してくれたことで実感させられた芽生である。
「ああ。神田芽生。――覚えてるか?」
「覚えてるも何も……一人だけ相良に懐いてた奇特な子じゃないか。確かお前もいつも彼女のためにチューリップを用意してたよな」
ククッと笑って「久しぶりだね」と眼鏡の奥の目を細められた芽生は、何となく気恥ずかしくなって京介の腕をギュッと握ってちょっとだけ彼の陰に隠れた。
「こら、子ヤギ。社会人だろ。ちゃんと挨拶しねぇか」
途端京介に叱られて、グイッと前に突き出されてしまう。
「や、ヤダッ、恥ずかしいっ! 京ちゃんの鬼っ! 悪魔っ!」
そんな京介に懸命に抗議の声を上げる芽生を見て、長谷川社長が更に笑う。
「まさか彼女《《も》》シャイなのか?」
別に芽生は恥ずかしがり屋というわけではない。だって仕事ではファミリーレストランで不特定多数の人間を相手にニコニコと接客するホールスタッフなんてやれている。ただ、そう。強いて言うならば、自分の幼い頃を知る相手に突然対面させられたという事実が、何だか気恥ずかしかっただけなのだ。
(ところで長谷川社長。私を誰と比べてるの?)
〝彼女も〟という言葉には当然比較対象があるはずだが、芽生はその相手に思いあたる節がない。
キョトンとして京介を見上げたら、「そういや、《《姫》》はいねぇのか?」と辺りを見回した。
「姫?」
(京ちゃんに〝お姫様〟呼ばわりされるだなんて、羨まし過ぎる! とか、断じて思っていないんだからね!?)
そう自分に言い聞かせながらつぶやいた芽生に、長谷川社長が「静月ならちょっとそこまで茶を買いに行ってもらってんだ」と、物凄く優しい顔で芽生たちの背後の引き戸を見遣る。