組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
芽生の専属運転手に任じられた初日、改めて佐山から自己紹介をされた芽生は、彼のフルネームが佐山文至だと知った。年齢も三つしか離れていないと分かってやたら親近感がわいて、佐山のことを〝ブンブン〟と呼ぶことにした芽生である。
佐山から、「年上を変なあだ名で呼ぶな」と嫌がられても、照れ隠しだと判断して呼び続けていたら諦めたのだろう。最近は文句を言われなくなった。
「ね、ブンブン。私が仕事してる間はどうしてるの?」
「ずっと外で待機してる」
芽生は知らないが、佐山が芽生の送迎に使うよう京介から指示されたミニバンは、その見た目に反して窓ガラスやタイヤが全て防弾仕様になっている。
相良組が所有する十台の車のうち、そうなっているものは全部で三台。日頃京介が乗っている黒塗りの高級車と、ワンボックスカー、そして芽生の送り迎え用に手配されたこれがそうだ。
少ない台数しかない貴重な車を芽生に宛てがっている時点で、それだけ京介が彼女のことを大切に思っているのだと思い知らされた佐山は、京介からの言い付けもあって常に芽生のそばへ控えるようにしていた。
「じゃあさ、お昼、一緒に食べようよ」
「いや、俺が離れてる間に車へ何か細工されたらまずいだろ」
佐山自身、そんなことは滅多にないとは思っているが、放火の件もある。京介からは、その辺も徹底するよう言われているのだ。
だがそれを聞いた芽生が雇い主に頼んでお昼時、車に弁当を持って乗り込むようになったのはさすがに計算外で、正直驚かされている。
「なぁ、カシラから言われなかったか? 運転手のことは基本いない者として扱……」
「言われてるけど! 私はそういう風には思えないんだもん、仕方ないじゃない。それにブンブンとはいつも二人っきりで移動してるんだよ? 私ずっと後部シートでだんまりなのは耐えらんないし、ブンブンも私が話しかけたらちゃんと反応してくれるでしょう?」
「そりゃあ、まぁ」
――あのね、ブンブン……と明らかに自分へ向けて紡がれる言葉を無視できるほど、佐山も鬼ではない。車へ乗り込むなり、後部シートから色々話しかけてくる芽生に、いちいち律儀に受け答えしているのは事実だ。
いつの頃からか自分のものだけではなく佐山の分まで弁当を用意してくれるようになった芽生のことを、佐山も京介の命令としてだけでなく、自主的に守りたい対象だと考えるようになっていた。
そんな感じ。佐山の中で芽生はすっかり〝姐さん〟認識なのだが、肝心な京介がそれを認めない。芽生の様子を見ていれば、こちらは満更でないと分かるのだが、こればっかりは片側がどう思っていても実らないから厄介だ。
そんなこんなで大事な姐さん(候補)を〝芽生さん〟と呼ぶのには抵抗があって、結局ブンブンと親し気に呼んでくる芽生に〝神田さん〟なんてよそよそしい物言いをしている佐山だ。
実際このくらいの距離感は保っておかないと、何となく京介から酷い目に遭わされそうな気がしている。
というのも、三井のアニキに同じように付き従っている兄弟分の木田から、「なぁ佐山、お前姐さんに横恋慕とかまずいんじゃねぇか?」と言われたことがあるからだ。
その時は、「そんなんじゃねぇよ」と即座に否定した佐山だったが、芽生が佐山のことを京介同様あだ名で親し気に呼んでいることは事実なので、組の中ではちょっとした噂になっていたりするのだ。
それをカシラが知らないわけはないのだけれど、今のところ何の沙汰もないし、自分さえしっかりしていれば問題はないと思っていた。
何より芽生と一緒にいれば分かるが、彼女がカシラにしか興味がないことは一目瞭然だったから、自分と間違いが起こるなんてことは天地がひっくり返っても有り得ないことだった。
だがそう確信していても、残念ながら問題というのは起こるべくして起こるものなのだ。
いつも通りのお昼時。後部シートでお弁当をつついていた芽生から、「ねぇブンブン。実は京ちゃんに内緒でお願いがあるの。聞いてくれる?」――。そうルームミラー越しにモジモジと切り出された時、佐山はなにがなんでも断固拒絶するべきだった。
だが、それが出来なかったのは、他の組員たちから懸念されていたように、芽生と親密になり過ぎていたからかも知れない。
佐山から、「年上を変なあだ名で呼ぶな」と嫌がられても、照れ隠しだと判断して呼び続けていたら諦めたのだろう。最近は文句を言われなくなった。
「ね、ブンブン。私が仕事してる間はどうしてるの?」
「ずっと外で待機してる」
芽生は知らないが、佐山が芽生の送迎に使うよう京介から指示されたミニバンは、その見た目に反して窓ガラスやタイヤが全て防弾仕様になっている。
相良組が所有する十台の車のうち、そうなっているものは全部で三台。日頃京介が乗っている黒塗りの高級車と、ワンボックスカー、そして芽生の送り迎え用に手配されたこれがそうだ。
少ない台数しかない貴重な車を芽生に宛てがっている時点で、それだけ京介が彼女のことを大切に思っているのだと思い知らされた佐山は、京介からの言い付けもあって常に芽生のそばへ控えるようにしていた。
「じゃあさ、お昼、一緒に食べようよ」
「いや、俺が離れてる間に車へ何か細工されたらまずいだろ」
佐山自身、そんなことは滅多にないとは思っているが、放火の件もある。京介からは、その辺も徹底するよう言われているのだ。
だがそれを聞いた芽生が雇い主に頼んでお昼時、車に弁当を持って乗り込むようになったのはさすがに計算外で、正直驚かされている。
「なぁ、カシラから言われなかったか? 運転手のことは基本いない者として扱……」
「言われてるけど! 私はそういう風には思えないんだもん、仕方ないじゃない。それにブンブンとはいつも二人っきりで移動してるんだよ? 私ずっと後部シートでだんまりなのは耐えらんないし、ブンブンも私が話しかけたらちゃんと反応してくれるでしょう?」
「そりゃあ、まぁ」
――あのね、ブンブン……と明らかに自分へ向けて紡がれる言葉を無視できるほど、佐山も鬼ではない。車へ乗り込むなり、後部シートから色々話しかけてくる芽生に、いちいち律儀に受け答えしているのは事実だ。
いつの頃からか自分のものだけではなく佐山の分まで弁当を用意してくれるようになった芽生のことを、佐山も京介の命令としてだけでなく、自主的に守りたい対象だと考えるようになっていた。
そんな感じ。佐山の中で芽生はすっかり〝姐さん〟認識なのだが、肝心な京介がそれを認めない。芽生の様子を見ていれば、こちらは満更でないと分かるのだが、こればっかりは片側がどう思っていても実らないから厄介だ。
そんなこんなで大事な姐さん(候補)を〝芽生さん〟と呼ぶのには抵抗があって、結局ブンブンと親し気に呼んでくる芽生に〝神田さん〟なんてよそよそしい物言いをしている佐山だ。
実際このくらいの距離感は保っておかないと、何となく京介から酷い目に遭わされそうな気がしている。
というのも、三井のアニキに同じように付き従っている兄弟分の木田から、「なぁ佐山、お前姐さんに横恋慕とかまずいんじゃねぇか?」と言われたことがあるからだ。
その時は、「そんなんじゃねぇよ」と即座に否定した佐山だったが、芽生が佐山のことを京介同様あだ名で親し気に呼んでいることは事実なので、組の中ではちょっとした噂になっていたりするのだ。
それをカシラが知らないわけはないのだけれど、今のところ何の沙汰もないし、自分さえしっかりしていれば問題はないと思っていた。
何より芽生と一緒にいれば分かるが、彼女がカシラにしか興味がないことは一目瞭然だったから、自分と間違いが起こるなんてことは天地がひっくり返っても有り得ないことだった。
だがそう確信していても、残念ながら問題というのは起こるべくして起こるものなのだ。
いつも通りのお昼時。後部シートでお弁当をつついていた芽生から、「ねぇブンブン。実は京ちゃんに内緒でお願いがあるの。聞いてくれる?」――。そうルームミラー越しにモジモジと切り出された時、佐山はなにがなんでも断固拒絶するべきだった。
だが、それが出来なかったのは、他の組員たちから懸念されていたように、芽生と親密になり過ぎていたからかも知れない。