組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
(ブンブンが一緒ってことは、ATMにアッサリ辿り着いちゃったらそこで終わりだよね?)
 色々悩んで苦肉の策。ウィンドウショッピングの要領を採用しようと、わざと道を外れようとしたら「おい。そっちからだと遠回りになる」と呆気なく軌道修正されて――。
(くぅー、手強(てごわ)い!)
 結局、その後もよそへそれようとするたび、佐山から物言いがついて、あっという間に最短ルートでATMへ到着してしまった。

 さすがに暗証番号などを入力するシーンでは少し離れたところにいてくれた佐山だったけれど、視線はガッツリと芽生の背中を捉えて離さない。それを痛いくらいにひしひしと感じながら、芽生は金を下ろした。
「ほら、用が済んだなら帰るぞ」
「あ、あの……ブンブン、私……」
「あ? 寄り道はしねぇぞ?」
 まだ何も言っていないのに、と思った芽生だったけれど、歩きながらふと見上げた標識に、名案を思い付いた。
「寄り道っていうか……私、トイレに行きたい」
 異性に告げるにはちょっと恥ずかしい内容だけれど、相手が京介じゃなければ大抵は無問題(ノープロブレム)だ。
 立ち止まって弱り顔で佐山を見詰めたら、「便所なら会社出る時に行っただろ」とか。
(はい、その通りです。でも、ここで負けるわけにはいかないのです)
「えっと、寒くて冷えたのかも。その……お腹が……痛いの」
 あえて恥ずかしそうに。行きたいのは小さい方ではなく大きい方だと眉根を寄せて訴えれば、佐山が「マジか……」とつぶやいた。
 さすがに腹痛の人間に我慢しろとは言えなかったんだろう。佐山はサッと辺りを見回して、トイレまでの最短ルートを模索してくれて。
「行くぞ」
 今までは一定の距離を保って離れていた芽生の手を引いて歩き出した。

 余りに速足で歩く佐山に「あ、あのっ、ブンブン、速い」と小走りしながら抗議すれば、「すまん」と速度を緩めてくれる。腹痛の人間を走らせるのは良くないと思ってくれたんだろう。
(ごめんね。ホントはお腹、痛くないの)
 心の中で謝りながらも、芽生は懸命に腹痛の演技をしながら佐山のあとを追った。

「ほら、ここで待ってるからさっさと行ってこい」
 ややしてトイレにたどり着いたのだが、さすがの佐山も余り近くまで付いて行くのは配慮に欠けると思ってくれたんだろう。
 奥に行けばトイレ、という場所まで芽生を連れて行くと、そう言って壁にもたれ掛かった。
 芽生はそんな佐山を横目に見つつ、はやる気持ちを押さえながら、ゆっくりゆっくりトイレを目指した。
 ここのトイレ、実は佐山が待っている側とは反対側からも外へ出られる構造になっている。要するにトイレを挟む形で売り場が二分されているのだ。
 芽生は女子トイレの前を素通りすると、小走りで佐山がいる側とは逆サイドを目指す。
 一応、売り場に出る手前で一旦立ち止まると、そぉっと先の様子をうかがって、佐山がいないことを確認した。
 不幸中の幸いと言うべきか、佐山は芽生が腹痛でトイレに籠城(ろうじょう)中だと思ってくれている。彼が『……にしても余りに遅くねぇか?』と感じて行動を起こすまでには、結構時間を稼げるはずだ。恥をかいた甲斐がある。
(ブンブン、ごめんね。お買い物がすんだらちゃんと連絡するし、しっかり叱らるのも覚悟するから。今はちょっとだけ許して?)
 下ろしたての現金が入った鞄をギュッと握りしめながら、芽生は心の中で佐山に謝罪した。
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