組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
エレベーターで一階へ降りた芽生は、ロビーでコンシェルジュに軽く会釈をして建物の外へ出た。エントランスの自動ドアをくぐった途端冷たい風に吹きつけられて、芽生は急ぐあまり上着を羽織り忘れてきたことに思い至った。
でも、それを取りに戻る時間も惜しく感じられてギュッと殿様が入った袋を胸前で抱きしめると、スマートフォンで調べた「みしょう動物病院」を目指して足早に歩き出す。
芽生が国道に面した歩道へ出たと同時、すぐそばへ《《見慣れない》》セダンが横付けされて、助手席側の窓が開いて運転席から「芽生ちゃん!」と声を掛けられた。
「細波さん……」
車が違うことに違和感を覚えつつ声の主の名をつぶやいてみたものの、今の芽生はそれどころではない。
殿様が入っている袋を持つ手に力を込めると、「すみません、今、急いでるので」と一礼して歩き出したのだけれど――。
「急いでるならなおさら送っていくよ! 行き先は《《動物病院》》でいいよね?」
芽生の歩く数メートル先へ停車された車から降りてきた細波に行く手を阻まれた芽生は、思わず細波を見つめた。
「なぜ行き先を?」
殿様は袋の中にいて見えない。なのに動物病院へ行こうとしていることを言い当てられてゾクッとした芽生である。なのに細波はあっけらかんと「なぜって……僕がいつも芽生ちゃんのことを考えてるからに決まってるじゃない」と気持ちの悪いことをサラリと言う。
その上で畳み掛けるように「ほら。車で行った方が温かいし、その方が断然《《猫ちゃん》》のためだよ? 芽生ちゃんはその子を《《死なせたくなくて》》頑張っているんでしょ?」と言い募ってくるのだ。
細波が、芽生が子猫を保護しているのを知っている矛盾を掻き消してしまうくらい、『死なせたくなくて頑張っている』という言葉に引っ張られてしまった芽生は、思わず泣きそうな顔で細波を見詰めた。
「ほら、乗って!?」
芽生の迷いを見極めたように細波が腕の中の紙袋を取り上げ、開け放たれた助手席へ放り込む。それを追いかけた芽生は、気が付けばこれまで散々拒否し続けてきたはずの細波の車の中だった。
今日の細波がなぜかいつものように香水のニオイをプンプン《《させていない》》ことも、《《車種が違う》》ことも妙に芽生の不安を煽ってくる。
知らない車の中からは、香水のニオイの代わりに《《別の香り》》がした。
「……灯油?」
なんの気なし。感じたままをポツンとつぶやいた芽生に、「におう? 実はストーブ用の灯油を切らしちゃってさ。さっきまで後ろに載せてたんだ」と細波がなんでもないことのように微笑んで、芽生がシートベルトも締めていないのにまるで逃がさないと意思表示するかのように発進してしまう。
ぐんぐんスピードを上げる車の中、芽生は(そういえば自宅が火事になった日も、細波さんからしてきたの、灯油のにおいだった?)と思い出した。
あの時は自宅が燃えたショックに加え、火災臭と細波自身の強すぎる香水のニオイとで〝嗅いだことはあるけどなんのにおいだっけ?〟程度でピンとこなかった。けれど、今やっとあのにおいの正体が分かって……。
(あの日も、細波さんは今日みたいに灯油を買いに行った帰りだったの……?)
太ももの上に抱えた袋の中で、今まではぐったりしていて声を発さなかった殿様が、芽生の不安を裏付けるみたいに力なく「ニャァ……」と鳴いて、芽生はソワソワとした面持ちでハンドルを握る細波を見詰める。
そういえば、芽生は目的地を告げていなかったのだけれど、細波は最寄りの動物病院――みしょう動物病院――の所在地を知っているんだろうか?
でも、それを取りに戻る時間も惜しく感じられてギュッと殿様が入った袋を胸前で抱きしめると、スマートフォンで調べた「みしょう動物病院」を目指して足早に歩き出す。
芽生が国道に面した歩道へ出たと同時、すぐそばへ《《見慣れない》》セダンが横付けされて、助手席側の窓が開いて運転席から「芽生ちゃん!」と声を掛けられた。
「細波さん……」
車が違うことに違和感を覚えつつ声の主の名をつぶやいてみたものの、今の芽生はそれどころではない。
殿様が入っている袋を持つ手に力を込めると、「すみません、今、急いでるので」と一礼して歩き出したのだけれど――。
「急いでるならなおさら送っていくよ! 行き先は《《動物病院》》でいいよね?」
芽生の歩く数メートル先へ停車された車から降りてきた細波に行く手を阻まれた芽生は、思わず細波を見つめた。
「なぜ行き先を?」
殿様は袋の中にいて見えない。なのに動物病院へ行こうとしていることを言い当てられてゾクッとした芽生である。なのに細波はあっけらかんと「なぜって……僕がいつも芽生ちゃんのことを考えてるからに決まってるじゃない」と気持ちの悪いことをサラリと言う。
その上で畳み掛けるように「ほら。車で行った方が温かいし、その方が断然《《猫ちゃん》》のためだよ? 芽生ちゃんはその子を《《死なせたくなくて》》頑張っているんでしょ?」と言い募ってくるのだ。
細波が、芽生が子猫を保護しているのを知っている矛盾を掻き消してしまうくらい、『死なせたくなくて頑張っている』という言葉に引っ張られてしまった芽生は、思わず泣きそうな顔で細波を見詰めた。
「ほら、乗って!?」
芽生の迷いを見極めたように細波が腕の中の紙袋を取り上げ、開け放たれた助手席へ放り込む。それを追いかけた芽生は、気が付けばこれまで散々拒否し続けてきたはずの細波の車の中だった。
今日の細波がなぜかいつものように香水のニオイをプンプン《《させていない》》ことも、《《車種が違う》》ことも妙に芽生の不安を煽ってくる。
知らない車の中からは、香水のニオイの代わりに《《別の香り》》がした。
「……灯油?」
なんの気なし。感じたままをポツンとつぶやいた芽生に、「におう? 実はストーブ用の灯油を切らしちゃってさ。さっきまで後ろに載せてたんだ」と細波がなんでもないことのように微笑んで、芽生がシートベルトも締めていないのにまるで逃がさないと意思表示するかのように発進してしまう。
ぐんぐんスピードを上げる車の中、芽生は(そういえば自宅が火事になった日も、細波さんからしてきたの、灯油のにおいだった?)と思い出した。
あの時は自宅が燃えたショックに加え、火災臭と細波自身の強すぎる香水のニオイとで〝嗅いだことはあるけどなんのにおいだっけ?〟程度でピンとこなかった。けれど、今やっとあのにおいの正体が分かって……。
(あの日も、細波さんは今日みたいに灯油を買いに行った帰りだったの……?)
太ももの上に抱えた袋の中で、今まではぐったりしていて声を発さなかった殿様が、芽生の不安を裏付けるみたいに力なく「ニャァ……」と鳴いて、芽生はソワソワとした面持ちでハンドルを握る細波を見詰める。
そういえば、芽生は目的地を告げていなかったのだけれど、細波は最寄りの動物病院――みしょう動物病院――の所在地を知っているんだろうか?