組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
21.優先順位
京介は佐山へ電話を掛けると、至急市役所へ向かうよう手配してから、現状を見る。
「三井。ここ、任せても大丈夫か?」
ゴタゴタした中、すぐそばの三井に問い掛けた京介に、「カシラが顔を見せて下さったお陰で下の者も皆、落ち着いてます。大丈夫ですよ」と、三井が胸を張ってみせる。その目には、例え無理でもご要望とあらばなんとかします、という意志が感じられて、京介は「すまねぇな」と労いの言葉を掛けた。
火事とはいえ、幸い小火だ。消火活動も終わり、野次馬も大分引けてきている。事務所自体に被害はないから、あと数時間もすれば中へ入ることも出来るだろう。
三井にも電話の内容を聞いてもらった絡みで、芽生が危機的状況にあることは自然と伝わっている。
「姐さ……、神田さんのところ、早く行ってあげて下さい」
一度ここへ連れて来た時から、相良組の面々の間で暗黙の了解的に、芽生がこっそり〝姐さん〟と呼ばれていることは京介だって知っている。だが基本的に京介の前で三井クラスの人間が口を滑らせることは珍しい。それだけ芽生の状況に、三井も危機感を覚えていて気持ちにゆとりがないということなんだろう。
日頃ならアイツはそんな対象じゃねぇよ、と軽く訂正するところだが、京介は何故か言及する気になれなかった。
***
車に戻るなりいつも持ち歩いている鞄の中から少し角が傷んだ印象を受ける封筒を取り出した京介は、それを手に小さく吐息を落とした。
中には芽生が十八の時――『陽だまり』から独り立ちしてすぐの頃に冗談半分で託された【婚姻届】が入っている。
三十歳になっても芽生が独身だったら、京介が芽生を〝引き受ける〟という約束をさせられた証だ。
芽生は《《身内》》の贔屓目を差し引いても、かなり《《いい女》》だと思う。
きっと放っておいてもいい男を捕まえて、自分との約束なんて笑い話になるだろうと、京介は考えていたのだ。
だが――。
こんな形。望まない男と無理矢理婚姻させられるぐらいなら、さっさとこれを出しておいてやればよかったと思ってしまう。
幼少期、愛情というものを知らずに育った京介は、家庭を作るということに執着がない。
そもそもこんな稼業をしている身。どうせ妻を娶る気なんて元よりなかったことを思えば、養子縁組でも結ぶ感覚で芽生を自分の戸籍に入れたところで痛くも痒くもなかったはずだ。
(けどなぁ)
京介は自分と同じように世間一般で言うところの〝家族〟というものを知らずに育った芽生には、好きな男と結婚して誰よりも幸せになって欲しい。自分がそれを芽生に与えてやれないことは誰よりも分かっているからこそ、傍で芽生を見守りながらその日が来るのを待ちわびてきたのだ。
芽生との結婚を〝不本意〟だのなんだのと吐かす男に、可愛い娘を嫁に出したいと思う親がいるはずないではないか。
千崎に聞かされた話も、京介の心の中にモヤモヤとわだかまっている。
それが明るみに出るのを防げない限り、第二・第三の細波鳴矢が湧いて出ることは容易に推察出来た。
(だったらいっそのこと……)
そう思ってしまった京介は、それさえも自分勝手な思い込みに感じられて、芽生はどうしたいんだろう? と思った。
(ま、とりあえずはクソ男が婚姻届を提出するのだけは阻止しねぇとな)
すべてはその後だ。
幸い電話を掛けた時、佐山は市役所のすぐ近くを通過中で、一分と掛からず現場へ到着できると請け合ってくれた。
一階の戸籍担当課が見渡せる場所に隠れて待機するよう指示を出した京介は、自身もそこへ向かいながら逸る気持ちを懸命に押さえつける。
車がスムーズに流れればここから市役所まで約十五分。
どう足掻いても自分より芽生を拉致した細波の方が先に到着してしまうだろう。
(頼んだぞ、佐山)
こうなっては、佐山だけが頼りだ。
きっと今、相良組の中で芽生のことを一番に考えて動けるのは、自分以外だと佐山だったから、どう考えても彼が適任だと分かっている。
分かっているけれど、佐山と今いる場所を今すぐ入れ替えたいと思ってしまったのは何故だろう。
〝芽生のことを誰よりも救いたいのは自分だから〟という言葉だけでは説明し切れないモヤモヤとした感情の正体を、京介はあえて深く考えないことにした。
「三井。ここ、任せても大丈夫か?」
ゴタゴタした中、すぐそばの三井に問い掛けた京介に、「カシラが顔を見せて下さったお陰で下の者も皆、落ち着いてます。大丈夫ですよ」と、三井が胸を張ってみせる。その目には、例え無理でもご要望とあらばなんとかします、という意志が感じられて、京介は「すまねぇな」と労いの言葉を掛けた。
火事とはいえ、幸い小火だ。消火活動も終わり、野次馬も大分引けてきている。事務所自体に被害はないから、あと数時間もすれば中へ入ることも出来るだろう。
三井にも電話の内容を聞いてもらった絡みで、芽生が危機的状況にあることは自然と伝わっている。
「姐さ……、神田さんのところ、早く行ってあげて下さい」
一度ここへ連れて来た時から、相良組の面々の間で暗黙の了解的に、芽生がこっそり〝姐さん〟と呼ばれていることは京介だって知っている。だが基本的に京介の前で三井クラスの人間が口を滑らせることは珍しい。それだけ芽生の状況に、三井も危機感を覚えていて気持ちにゆとりがないということなんだろう。
日頃ならアイツはそんな対象じゃねぇよ、と軽く訂正するところだが、京介は何故か言及する気になれなかった。
***
車に戻るなりいつも持ち歩いている鞄の中から少し角が傷んだ印象を受ける封筒を取り出した京介は、それを手に小さく吐息を落とした。
中には芽生が十八の時――『陽だまり』から独り立ちしてすぐの頃に冗談半分で託された【婚姻届】が入っている。
三十歳になっても芽生が独身だったら、京介が芽生を〝引き受ける〟という約束をさせられた証だ。
芽生は《《身内》》の贔屓目を差し引いても、かなり《《いい女》》だと思う。
きっと放っておいてもいい男を捕まえて、自分との約束なんて笑い話になるだろうと、京介は考えていたのだ。
だが――。
こんな形。望まない男と無理矢理婚姻させられるぐらいなら、さっさとこれを出しておいてやればよかったと思ってしまう。
幼少期、愛情というものを知らずに育った京介は、家庭を作るということに執着がない。
そもそもこんな稼業をしている身。どうせ妻を娶る気なんて元よりなかったことを思えば、養子縁組でも結ぶ感覚で芽生を自分の戸籍に入れたところで痛くも痒くもなかったはずだ。
(けどなぁ)
京介は自分と同じように世間一般で言うところの〝家族〟というものを知らずに育った芽生には、好きな男と結婚して誰よりも幸せになって欲しい。自分がそれを芽生に与えてやれないことは誰よりも分かっているからこそ、傍で芽生を見守りながらその日が来るのを待ちわびてきたのだ。
芽生との結婚を〝不本意〟だのなんだのと吐かす男に、可愛い娘を嫁に出したいと思う親がいるはずないではないか。
千崎に聞かされた話も、京介の心の中にモヤモヤとわだかまっている。
それが明るみに出るのを防げない限り、第二・第三の細波鳴矢が湧いて出ることは容易に推察出来た。
(だったらいっそのこと……)
そう思ってしまった京介は、それさえも自分勝手な思い込みに感じられて、芽生はどうしたいんだろう? と思った。
(ま、とりあえずはクソ男が婚姻届を提出するのだけは阻止しねぇとな)
すべてはその後だ。
幸い電話を掛けた時、佐山は市役所のすぐ近くを通過中で、一分と掛からず現場へ到着できると請け合ってくれた。
一階の戸籍担当課が見渡せる場所に隠れて待機するよう指示を出した京介は、自身もそこへ向かいながら逸る気持ちを懸命に押さえつける。
車がスムーズに流れればここから市役所まで約十五分。
どう足掻いても自分より芽生を拉致した細波の方が先に到着してしまうだろう。
(頼んだぞ、佐山)
こうなっては、佐山だけが頼りだ。
きっと今、相良組の中で芽生のことを一番に考えて動けるのは、自分以外だと佐山だったから、どう考えても彼が適任だと分かっている。
分かっているけれど、佐山と今いる場所を今すぐ入れ替えたいと思ってしまったのは何故だろう。
〝芽生のことを誰よりも救いたいのは自分だから〟という言葉だけでは説明し切れないモヤモヤとした感情の正体を、京介はあえて深く考えないことにした。