組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「細波さん! その書類が目的だったんですよね!? だったら……私とその子はもう」
ホテルの部屋を出るなり、当然のように芽生も車へ乗せようとする細波に、自分達はもうお役御免ではないかと問い掛けた芽生である。
書き上げてすぐ細波の懐へ仕舞われた婚姻届は確かに気になるけれど、芽生にはそれより何より殿様の命の方が大事だった。
望まない婚姻なら……ましてや相手が〝不本意〟と言ってのけた関係なら……最悪ほとぼりが冷めたら離婚してもらえば済む。けれど、殿様の命は失ってしまえば二度と戻ってこないのだ。
芽生が懸命に殿様の入った紙袋を返して欲しいと意思表示すれば、細波は何が可笑しいのか、クスッと笑った。
「ねぇ芽生ちゃん。もしかして書類さえ出せば解放されると思ってる? 残念だけど芽生ちゃんには役所のあと、まだ僕と一緒に行って貰わないといけないところがあるんだ。僕の用が全部済むまでは付き合ってもらうからそのつもりで」
非情な宣告をするなり殿様が入った紙袋を無造作に後部シートへ放り投げる細波に、芽生は思わず悲鳴を上げて後部ドアへ縋りついた。
使い捨てカイロで保温してあるとは言え、殿様は確実に衰弱している。
今すぐにでも病院へ連れて行きたいのに、細波は芽生のことも殿様のことも解放してくれる気はないと知って、絶望的な気持ちでドアハンドルを引っ張った。
ガチャッと音がしてすんなり扉が開いたことにホッとして紙袋に手を伸ばしたと同時、細波に背後から車内へ突き飛ばすように押し込まれて扉を閉ざされた。
***
相良京介からは一階の戸籍担当課が見渡せる場所に隠れて待機するよう指示を受けた佐山文至だったけれど、市役所内に入ってしまうとかなり身動きを制限されるんじゃないかと思い至った。
京介の話では、細波は弱った猫を利用して神田芽生を脅しているらしい。
そんな状態で下手に動けば、彼女自身が猫の安全を第一に考えて、佐山の呼びかけに応じない可能性もある。そればかりか、場合によっては細波を守る盾になる可能性も否定できなかった。
そう考えると少々なら荒っぽいことが出来そうな分、建物へ入る前に捕まえるのが妥当に思えた。けれど残念ながら市役所の入り口は一か所ではない。以前それが原因で、ワオンモールで芽生に逃げられた過去もある。
(戸籍担当課が見える位置で張ってなかったら、婚姻届の提出自体を阻止できねぇ可能性もあるんだよな)
それだけは何としても防ぎたい。
役所内駐車場、細波に気付かれないよう目立たない位置へ車を停めて下車してみたものの、どこで待機すべきかなかなか気持ちが定まらない佐山である。
だが、佐山のそんな迷いを見透かしたみたいなタイミングで、京介からの電話が鳴った。
『佐山、もう役所には着いたか?』
京介からの問いかけに「はい」と答えると、何も言っていないのに、『待機場所だがな、やっぱテメェの判断に任せる』と言葉を紡がれる。
「え……?」
『猫を盾に取られてる限り芽生は動きが制約されちまう。あいつはそういう女だ。役所内じゃ、お前も思うように動けねぇだろ? ――さっき千崎に確認取ったんだが、脅されて書かされた婚姻届は、最悪一度受理されちまっても家庭裁判所に無効の訴えを起こせば結婚自体を取り消せるらしい。こっちにゃ、芽生が脅されて書類書かされてる証拠の音声もある。だから、提出云々のことは考えねぇでお前の好きに動け』
幸い駐車場は役所前のだだっ広いここしかない。
駐車場の出入り口は東側と西側にひとつずつ。その両方が見渡せる場所で入ってくる車をチェックするぐらいなら、佐山一人でも出来る。
「分かりました」
京介の言葉にグッとスマホを握る手に力を込めると、佐山は心を決めた。
ホテルの部屋を出るなり、当然のように芽生も車へ乗せようとする細波に、自分達はもうお役御免ではないかと問い掛けた芽生である。
書き上げてすぐ細波の懐へ仕舞われた婚姻届は確かに気になるけれど、芽生にはそれより何より殿様の命の方が大事だった。
望まない婚姻なら……ましてや相手が〝不本意〟と言ってのけた関係なら……最悪ほとぼりが冷めたら離婚してもらえば済む。けれど、殿様の命は失ってしまえば二度と戻ってこないのだ。
芽生が懸命に殿様の入った紙袋を返して欲しいと意思表示すれば、細波は何が可笑しいのか、クスッと笑った。
「ねぇ芽生ちゃん。もしかして書類さえ出せば解放されると思ってる? 残念だけど芽生ちゃんには役所のあと、まだ僕と一緒に行って貰わないといけないところがあるんだ。僕の用が全部済むまでは付き合ってもらうからそのつもりで」
非情な宣告をするなり殿様が入った紙袋を無造作に後部シートへ放り投げる細波に、芽生は思わず悲鳴を上げて後部ドアへ縋りついた。
使い捨てカイロで保温してあるとは言え、殿様は確実に衰弱している。
今すぐにでも病院へ連れて行きたいのに、細波は芽生のことも殿様のことも解放してくれる気はないと知って、絶望的な気持ちでドアハンドルを引っ張った。
ガチャッと音がしてすんなり扉が開いたことにホッとして紙袋に手を伸ばしたと同時、細波に背後から車内へ突き飛ばすように押し込まれて扉を閉ざされた。
***
相良京介からは一階の戸籍担当課が見渡せる場所に隠れて待機するよう指示を受けた佐山文至だったけれど、市役所内に入ってしまうとかなり身動きを制限されるんじゃないかと思い至った。
京介の話では、細波は弱った猫を利用して神田芽生を脅しているらしい。
そんな状態で下手に動けば、彼女自身が猫の安全を第一に考えて、佐山の呼びかけに応じない可能性もある。そればかりか、場合によっては細波を守る盾になる可能性も否定できなかった。
そう考えると少々なら荒っぽいことが出来そうな分、建物へ入る前に捕まえるのが妥当に思えた。けれど残念ながら市役所の入り口は一か所ではない。以前それが原因で、ワオンモールで芽生に逃げられた過去もある。
(戸籍担当課が見える位置で張ってなかったら、婚姻届の提出自体を阻止できねぇ可能性もあるんだよな)
それだけは何としても防ぎたい。
役所内駐車場、細波に気付かれないよう目立たない位置へ車を停めて下車してみたものの、どこで待機すべきかなかなか気持ちが定まらない佐山である。
だが、佐山のそんな迷いを見透かしたみたいなタイミングで、京介からの電話が鳴った。
『佐山、もう役所には着いたか?』
京介からの問いかけに「はい」と答えると、何も言っていないのに、『待機場所だがな、やっぱテメェの判断に任せる』と言葉を紡がれる。
「え……?」
『猫を盾に取られてる限り芽生は動きが制約されちまう。あいつはそういう女だ。役所内じゃ、お前も思うように動けねぇだろ? ――さっき千崎に確認取ったんだが、脅されて書かされた婚姻届は、最悪一度受理されちまっても家庭裁判所に無効の訴えを起こせば結婚自体を取り消せるらしい。こっちにゃ、芽生が脅されて書類書かされてる証拠の音声もある。だから、提出云々のことは考えねぇでお前の好きに動け』
幸い駐車場は役所前のだだっ広いここしかない。
駐車場の出入り口は東側と西側にひとつずつ。その両方が見渡せる場所で入ってくる車をチェックするぐらいなら、佐山一人でも出来る。
「分かりました」
京介の言葉にグッとスマホを握る手に力を込めると、佐山は心を決めた。