組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
22.落とし前
(見つけた!)
 てっきりいつもの悪趣味なセダンで現れるのかと思っていたら、黒のセダンというどこにでもいそうな車で、危うく見逃すところだった。

 佐山(さやま)文至(ぶんし)はマスクをすると、ダウンジャケットのフードを目深(まぶか)に被って顔を隠す。さも寒くてそういう格好をしているのだという風を装ってポケットに手を突っ込んで、(うつむ)き加減。駐車場内に現れた細波(さざなみ)が運転する車両を追い掛けた。周りには細波の車以外にも沢山の車両がある。傍目(はため)には自分の車を目指して駐車場内をうろついているように見えるはずだ。

 やましいことがあるからだろうか。
 細波は役所近くにも空きスペースがあるのにそちらへは行かず、あえて建物から離れた場所を選んで駐車した。その辺りは基本的に市役所へ用はないけれど、とりあえず駐車だけして他所(よそ)へ行く人間が停めがちな場所だ。繁華街や商店街が近いこともあって、庁舎近くの駐車スペースほど人の往来は多くないが、駐車されている車自体は結構ある。
 人目が少ない割に、車はそこそこ停まっているという現状は、佐山には好都合に思えた。

 さも駐車場から出ていくような(てい)で細波の車の傍を通り過ぎながら何気なく見たら、助手席に神田芽生(あねさん)の姿が見当たらない。一瞬焦ったけれど、よく見ると細波がミラー越しに後部シートへ視線を送っているのが分かった。
 リアガラスはスモークが掛かっていて中が見えづらいけれど、うっすらと人影が見えるから、恐らく彼女はそこだろう。

 エンジンが切られたが、(あね)さんはおろか、細波すら降りてくる気配がないことに佐山は(おや?)と首を傾げた。佐山の知る神田(かんだ)芽生(めい)という女性は、車が停車して集中ドアロックが解除されるなり、運転席と一番離れた場所――助手席側の後部ドア――から逃げ出すだろうと当たりを付けていたのだが、何かおかしい。
(もしかして……チャイルドロックか?)
 組の車も、京介(カシラ)が普段乗っている黒塗りのセダン以外はそれが掛けてあるのを思い出して、(細波のヤロー、ガキもいねぇくせに用意周到なことだな)と舌打ちせずにはいられない。
 相良組(さがらぐみ)でも、たまに《《招かれざる客》》を車内へご招待することがあるから、下手に逃げられないようにするため、チャイルドロックが掛けてある。
 それを思い出して苦々しい気持ちが込み上げた佐山だ。
 細波のヤローは、大企業に勤めているだけあって、悪知恵だけは人一倍働くらしい。

 佐山は不自然にならないよう一旦細波の車の傍を通り過ぎて……そのついでのようにふとナンバーを見やれば、ひらがなの部分が「わ」だった。
(レンタカーか)
 わざわざこのためだけに借りたんだろうか? 確かに細波が普段乗っている金ピカの車では目立ちすぎることを思えば、これが綿密に練られた計画的犯行だと分かって、苦々しい思いが込み上げる。

 佐山は細波(さざなみ)鳴矢(なるや)という男が、何故そこまで(あね)さんに固執するのか分からない。分からないが、やることはひとつだけだ。
(あね)さんを無事確保しねぇと)

 佐山は細波の車の隣に駐車された車の陰にしゃがみ込むと、細波が車から降りるタイミングをじっと(うかが)った。

 何やら後部シートの姐さんと話していた細波が、彼女のものと(おぼ)しき鞄を受け取って助手席に置くなり、ドアを開けて車から降りてくる。
(今だ!)
 それと同時、佐山は車の陰から飛び出して、ガン! と思い切りドアを蹴りつけて細波をドアと車体の間に挟んだ。そのまま突然の衝撃と痛みに(ひる)んだ細波の髪の毛を掴んで(ひたい)を思い切り車のルーフ縁に何度もぶつける。細波の額が割れようが知ったことじゃないという勢いで思い切り頭を打ち付けたからだろう。脳震盪(のうしんとう)を起こした様子の細波の首根っこを引いて地面へ仰向けに転がすと、股間目掛けて足を振り下ろした。
 実際そこまでする必要はなかったのかも知れないが、大事な姐さんに酷いことをした以上、相手が堅気(かたぎ)だろうが何だろうが容赦(ようしゃ)する必要はない。
 落とし前はつけさせてもらう。
 泡を吹いて気絶した細波を一瞥(いちべつ)すると、こういう時のために常備してある結束バンドで、後ろ手に細波の左右の手の親指同士をギュッと引き結んだ。こうしておけば、下手に手首を縛るより拘束力があることを、佐山は経験から知っていた。
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