組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
てっきり細波に車外へ引きずり出されると思っていた芽生は、彼が運転席を出た途端ガン!っという音とともに車が思い切り揺れてビクッと身体を跳ねさせた。
窓越しに外を見遣れば、マスクをしてフードを被った男が細波を痛めつけているところで――。暴力沙汰に慣れていない芽生は、思わず目をつぶって殿様の入った紙袋を抱え込むようにしてリアシートにうずくまると、両耳を塞いで外の様子を見ない、聞かない……を決めこんだ。
顔を寄せた紙袋の中からは殿様の排泄物と吐しゃ物のニオイがしてくる。また下痢と嘔吐をしたんだろう。
一刻も早く動物病院へ行かないといけないのに、さっき細波が言った通り、中からはどんなにドアノブを引いてみても、開きそうにない。
芽生が懸命にドアと格闘している間に、外では細波が地面に転がっていた。
フードの男はこちらに背中を向けていて顔が見えないけれど、京介じゃないことだけは確かだ。だが状況的に見て、京介が手配してくれた誰かが助けに来てくれたに違いないと判断した芽生は、怖さも忘れて殿様を助けたい一心。中から懸命に窓ガラスを叩いて存在をアピールした。
太ももの上に載せた袋の中で、殿様が「ニィ」と力なく鳴くから、気持ちばかりが急いた。
その音に細波の上に屈み込んでいた男がこちらを向いて――。
「ブンブン!」
マスクとフードに隠れて目だけしか見えなかったけれど、芽生はそれが佐山文至だと確信した。
***
細波を制圧したついで、彼の懐から折りたたまれた婚姻届を引きずり出した佐山は、窓ガラスを叩く音に車の方を振り向いた。
スモークガラス仕様ではっきりとは見えないが、そこにいるのは確かに神田芽生で、その雰囲気から彼女の無事を確認した佐山は、ホッと胸を撫で下ろす。
手に付いた細波の血を婚姻届で無造作に拭ってパーカーのポケットへ突っ込むと、後部ドアを開けた。それと同時、中から芽生がまろび出てきて「ブンブン!」と佐山を涙目で見上げてくる。
そんな彼女の震える腕には紙袋が抱えられていて、中から何ともいえない生臭いにおいが漂ってきた。
「殿様が、殿様がっ」
要領を得ない物言いではあるけれど、京介から大体のことを聞いて把握している佐山は、どうしたものかと思案する。
細波をこのままここへ転がしておくのは得策ではないが、芽生の様子を見ると猫の容態は一刻を争うように思えた。使える車は細波のを入れると二台あるけれど、動かせるのは自分一人だ。しばし考えた佐山は、助手席から芽生の鞄を取って彼女に手渡すと、細波を引きずり起こして車のキーを奪う。そうしておいて、いま芽生が出てきたばかりの後部シートへ細波を転がすと一旦車のドアを閉めた。
「組の車取ってくるから少しだけ待っててくれるか?」
問えば芽生が不安そうに瞳を揺らせたけれど、「走って行ってくるから」と付け加える。言外に〝猫、あまり揺らさない方がいいだろ?〟と含めたのが伝わったみたいに芽生が頷いた。
ダッシュで車を取りに行って芽生の傍へ戻ってくると、ミニバンのリアハッチを開けて細波をそちら側へ移してから、芽生を助手席へ座るよう促す。
いつもなら後部シートに乗せるところだが、細波がリアシートのすぐ後ろにいることを考慮した形だ。
結束バンドで後ろ手に縛ってあるし、芽生に危害を加えることはないだろうが、大事を取るに越したことはない。緊急事態だし、カシラもきっと許してくれるはずだ。
「よし行くか」
最寄りの動物病院はここからでもやはり、芽生が探した『みしょう動物病院』みたいで――。
佐山は念のためスマートフォンのナビアプリで行き先をそこへ指定すると、芽生にカシラへ電話を掛けるように言う。佐山が掛けるより、芽生自身から無事を知らされた方がきっと、カシラも安心できると思ったからだ。
窓越しに外を見遣れば、マスクをしてフードを被った男が細波を痛めつけているところで――。暴力沙汰に慣れていない芽生は、思わず目をつぶって殿様の入った紙袋を抱え込むようにしてリアシートにうずくまると、両耳を塞いで外の様子を見ない、聞かない……を決めこんだ。
顔を寄せた紙袋の中からは殿様の排泄物と吐しゃ物のニオイがしてくる。また下痢と嘔吐をしたんだろう。
一刻も早く動物病院へ行かないといけないのに、さっき細波が言った通り、中からはどんなにドアノブを引いてみても、開きそうにない。
芽生が懸命にドアと格闘している間に、外では細波が地面に転がっていた。
フードの男はこちらに背中を向けていて顔が見えないけれど、京介じゃないことだけは確かだ。だが状況的に見て、京介が手配してくれた誰かが助けに来てくれたに違いないと判断した芽生は、怖さも忘れて殿様を助けたい一心。中から懸命に窓ガラスを叩いて存在をアピールした。
太ももの上に載せた袋の中で、殿様が「ニィ」と力なく鳴くから、気持ちばかりが急いた。
その音に細波の上に屈み込んでいた男がこちらを向いて――。
「ブンブン!」
マスクとフードに隠れて目だけしか見えなかったけれど、芽生はそれが佐山文至だと確信した。
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細波を制圧したついで、彼の懐から折りたたまれた婚姻届を引きずり出した佐山は、窓ガラスを叩く音に車の方を振り向いた。
スモークガラス仕様ではっきりとは見えないが、そこにいるのは確かに神田芽生で、その雰囲気から彼女の無事を確認した佐山は、ホッと胸を撫で下ろす。
手に付いた細波の血を婚姻届で無造作に拭ってパーカーのポケットへ突っ込むと、後部ドアを開けた。それと同時、中から芽生がまろび出てきて「ブンブン!」と佐山を涙目で見上げてくる。
そんな彼女の震える腕には紙袋が抱えられていて、中から何ともいえない生臭いにおいが漂ってきた。
「殿様が、殿様がっ」
要領を得ない物言いではあるけれど、京介から大体のことを聞いて把握している佐山は、どうしたものかと思案する。
細波をこのままここへ転がしておくのは得策ではないが、芽生の様子を見ると猫の容態は一刻を争うように思えた。使える車は細波のを入れると二台あるけれど、動かせるのは自分一人だ。しばし考えた佐山は、助手席から芽生の鞄を取って彼女に手渡すと、細波を引きずり起こして車のキーを奪う。そうしておいて、いま芽生が出てきたばかりの後部シートへ細波を転がすと一旦車のドアを閉めた。
「組の車取ってくるから少しだけ待っててくれるか?」
問えば芽生が不安そうに瞳を揺らせたけれど、「走って行ってくるから」と付け加える。言外に〝猫、あまり揺らさない方がいいだろ?〟と含めたのが伝わったみたいに芽生が頷いた。
ダッシュで車を取りに行って芽生の傍へ戻ってくると、ミニバンのリアハッチを開けて細波をそちら側へ移してから、芽生を助手席へ座るよう促す。
いつもなら後部シートに乗せるところだが、細波がリアシートのすぐ後ろにいることを考慮した形だ。
結束バンドで後ろ手に縛ってあるし、芽生に危害を加えることはないだろうが、大事を取るに越したことはない。緊急事態だし、カシラもきっと許してくれるはずだ。
「よし行くか」
最寄りの動物病院はここからでもやはり、芽生が探した『みしょう動物病院』みたいで――。
佐山は念のためスマートフォンのナビアプリで行き先をそこへ指定すると、芽生にカシラへ電話を掛けるように言う。佐山が掛けるより、芽生自身から無事を知らされた方がきっと、カシラも安心できると思ったからだ。