組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
あと少しで市役所というところで、電話が鳴った。見れば、芽生からで、京介はすぐさま応答する。
『京ちゃ、私……』
電話口で声を震わせ、言葉を詰まらせる芽生に、京介は「無事でよかった」と吐息を落とした。
『うん。ブンブンが来て、くれた、から』
気持ち的に一杯一杯で、芽生は京介の前で佐山のことをあだ名で呼ばない方がいいと気が回らないんだろう。状況が状況だし、京介も今だけはそんな芽生に目をつぶったけれど、やはり現在位置が佐山と逆ならよかった、と思わずにはいられない。
(いや、芽生が助かったならそんなの別にどっちだっていいだろ!)
すぐさまそう思い直してみたものの、なんだか気持ちが釈然としない。
「で、猫は? 無事なのか?」
それを振り払うみたいに彼女がこんな目に遭った原因を口の端に登らせれば、芽生が途切れ途切れに言う。
『私がっ、一人で無駄に動いちゃったから……殿様、すぐに病院へ行けなくて……それでっ』
声を詰まらせながら泣きじゃくる芽生に、(まさか間に合わなかったのか?)と眉根を寄せた京介だったのだが、『今からブ、ンブンが……みしょう、動物、病院、に連れて行ってくれるって言ってくれて……それで……車に乗って移動してる』と続くから、「ってこたぁ、まだ生きてるんだな?」とすぐさま確認せずにはいられない。
『うん。吐い、たり……下痢したりしてる、けど……ニィニィ鳴いて、る』
芽生の言葉にホッと肩の力を抜くと、京介は「俺も病院向かうから、もうちっと頑張れるな?」と声音を和らげる。
運転席の石矢が、聞いたことのない優しい喋り方をする京介を一瞬だけルームミラー越しに確認したのだけれど、京介はそんな石矢の驚きにさえ気付けない。いつも気を張っている京介にしては珍しく、芽生と猫の無事に安堵して気が緩んでいたのだ。
***
荷台部分へ細波を拉致しているため、佐山は車を離れられなくて、芽生は待合室で一人、不安に押しつぶされそうになりながら殿様の入った袋を抱えて縮こまっていた。
一人ぼっちだからだろうか? もっと早く連れてこられていたら……と後悔ばかりが去来する。
(ごめんね)
心の中、何度目になるか分からない謝罪の言葉をつぶやいたと同時、入り口の自動ドアが開いて、「芽生!」と呼び掛けられた。その声に芽生が「京ちゃん」と涙目で立ち上がったのに合わせたように、「神田さん、殿様くん、第三診察室へお入りください」と呼び出しが掛かった。
犬猫のシルエットが描かれた札の貼られた第三診察室前には、芽生たちより先に来て待っている飼い主さんと犬猫の姿がいくつもあったけれど、病院側は殿様の方が、緊急性が高いと判断して他の患畜を飛ばす形で殿様を先に呼んでくれたのだろう。
院内には実際、『患者さんの容体によって、順番が前後する場合があります。あらかじめご了承ください』と貼り紙がしてあったけれど、芽生は実際に自分たちがそうしてもらえるとは思ってもいなかった。
突然のことに戸惑った涙目の芽生に、座っている飼い主さんらが色々察してくれたんだろう。「どうぞ」と促してくれるから、芽生は皆からの優しさが沁みて余計に泣いてしまった。さっきまで殿様のことを替えの利く道具ぐらいにしか思っていない細波と一緒だったから尚更、その思いは一入だ。
そんな芽生の肩をそっと抱くようにして、京介が他の飼い主らに丁寧に頭を下げてから、診察室のドアを開けてくれた。
診察の結果、下痢と嘔吐を散々繰り返していた殿様は脱水症状が酷く、かなり衰弱していた。体力のあまりない子猫というのもあって、一晩ほど入院することになったのだが、始終泣きっぱなしの芽生に代わって、京介が獣医師とのやり取りを淡々とこなしてくれて――。
芽生は、京介がいてくれて良かったと、心の底から感謝した。
***
動物病院から出ると、佐山と細波が乗ったミニバンは既に駐車場から姿を消していた。
芽生は、当然のように京介が乗ってきたセダンに乗せられて、石矢の運転で車が走り出す。
芽生が「お家に帰るの?」と聞くと、京介が「いや、その前にひとつ寄るところがある」と眉根を寄せるから、芽生はソワソワと落ち着かない。
「どこへ……寄るの?」
聞いても「ちょっとな」としか答えてくれないのは何故だろう?
窓外を流れる景色を見つめながら、芽生は(この道ってもしかして……)と思った。
『京ちゃ、私……』
電話口で声を震わせ、言葉を詰まらせる芽生に、京介は「無事でよかった」と吐息を落とした。
『うん。ブンブンが来て、くれた、から』
気持ち的に一杯一杯で、芽生は京介の前で佐山のことをあだ名で呼ばない方がいいと気が回らないんだろう。状況が状況だし、京介も今だけはそんな芽生に目をつぶったけれど、やはり現在位置が佐山と逆ならよかった、と思わずにはいられない。
(いや、芽生が助かったならそんなの別にどっちだっていいだろ!)
すぐさまそう思い直してみたものの、なんだか気持ちが釈然としない。
「で、猫は? 無事なのか?」
それを振り払うみたいに彼女がこんな目に遭った原因を口の端に登らせれば、芽生が途切れ途切れに言う。
『私がっ、一人で無駄に動いちゃったから……殿様、すぐに病院へ行けなくて……それでっ』
声を詰まらせながら泣きじゃくる芽生に、(まさか間に合わなかったのか?)と眉根を寄せた京介だったのだが、『今からブ、ンブンが……みしょう、動物、病院、に連れて行ってくれるって言ってくれて……それで……車に乗って移動してる』と続くから、「ってこたぁ、まだ生きてるんだな?」とすぐさま確認せずにはいられない。
『うん。吐い、たり……下痢したりしてる、けど……ニィニィ鳴いて、る』
芽生の言葉にホッと肩の力を抜くと、京介は「俺も病院向かうから、もうちっと頑張れるな?」と声音を和らげる。
運転席の石矢が、聞いたことのない優しい喋り方をする京介を一瞬だけルームミラー越しに確認したのだけれど、京介はそんな石矢の驚きにさえ気付けない。いつも気を張っている京介にしては珍しく、芽生と猫の無事に安堵して気が緩んでいたのだ。
***
荷台部分へ細波を拉致しているため、佐山は車を離れられなくて、芽生は待合室で一人、不安に押しつぶされそうになりながら殿様の入った袋を抱えて縮こまっていた。
一人ぼっちだからだろうか? もっと早く連れてこられていたら……と後悔ばかりが去来する。
(ごめんね)
心の中、何度目になるか分からない謝罪の言葉をつぶやいたと同時、入り口の自動ドアが開いて、「芽生!」と呼び掛けられた。その声に芽生が「京ちゃん」と涙目で立ち上がったのに合わせたように、「神田さん、殿様くん、第三診察室へお入りください」と呼び出しが掛かった。
犬猫のシルエットが描かれた札の貼られた第三診察室前には、芽生たちより先に来て待っている飼い主さんと犬猫の姿がいくつもあったけれど、病院側は殿様の方が、緊急性が高いと判断して他の患畜を飛ばす形で殿様を先に呼んでくれたのだろう。
院内には実際、『患者さんの容体によって、順番が前後する場合があります。あらかじめご了承ください』と貼り紙がしてあったけれど、芽生は実際に自分たちがそうしてもらえるとは思ってもいなかった。
突然のことに戸惑った涙目の芽生に、座っている飼い主さんらが色々察してくれたんだろう。「どうぞ」と促してくれるから、芽生は皆からの優しさが沁みて余計に泣いてしまった。さっきまで殿様のことを替えの利く道具ぐらいにしか思っていない細波と一緒だったから尚更、その思いは一入だ。
そんな芽生の肩をそっと抱くようにして、京介が他の飼い主らに丁寧に頭を下げてから、診察室のドアを開けてくれた。
診察の結果、下痢と嘔吐を散々繰り返していた殿様は脱水症状が酷く、かなり衰弱していた。体力のあまりない子猫というのもあって、一晩ほど入院することになったのだが、始終泣きっぱなしの芽生に代わって、京介が獣医師とのやり取りを淡々とこなしてくれて――。
芽生は、京介がいてくれて良かったと、心の底から感謝した。
***
動物病院から出ると、佐山と細波が乗ったミニバンは既に駐車場から姿を消していた。
芽生は、当然のように京介が乗ってきたセダンに乗せられて、石矢の運転で車が走り出す。
芽生が「お家に帰るの?」と聞くと、京介が「いや、その前にひとつ寄るところがある」と眉根を寄せるから、芽生はソワソワと落ち着かない。
「どこへ……寄るの?」
聞いても「ちょっとな」としか答えてくれないのは何故だろう?
窓外を流れる景色を見つめながら、芽生は(この道ってもしかして……)と思った。