組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
 京介にグッと頭を押さえつけられるように抱き締められて、芽生からは見えない。けれど芽生は自分を抱きしめてくれている京介が、細波にニヤリと挑発的に嘲笑(わら)い掛けている気がした。

 京介の宣言に、細波がモガモガと猿轡(さるぐつわ)を噛まされた口で何か言いたげに騒ぐ気配がして、佐山が「うるせぇよ」と言うなりバシッと《《何かを》》(はた)くような音がする。
 芽生が、(細波が佐山に殴られたのでは?)と身じろいだら、京介の手にさらに力がこもって何が起こっているのかを確認することを出来なくされた。
「京、ちゃっ……!」
 懸命に呼び掛ける芽生を無視する形。京介が佐山に「佐山。(わり)ぃーが《《いつもんトコ》》で待っててくれるか? 俺もあとで行くから」と話し掛けて、「はい、分かりました」と佐山がすぐさまそれに応じる。続いて車のドアが閉められる音がするから、芽生は思わず京介が頭を押さえる手を振り解いて叫んだ。
「京ちゃん、細波さんはっ!」
「まぁ殺しゃしねぇから安心しろ」
 芽生の言葉に、全然安心できないよ! という返しをしてくる京介を見上げて、この人はやっぱりヤクザさんなんだと今更のように実感させられた芽生である。
「でもっ」
 さらに言い募って京介の拘束を解こうと藻掻(もが)く芽生の横、佐山が運転席に乗り込んで、ミニバンが駐車場を出て行ってしまう。細波はどこへ連れて行かれてしまうんだろう?
「ブンブン!」
 思わずいつも通り、佐山のことをあだ名で呼んでしまった芽生だったけれど、きっと京介にもやましいことがあるからだろう。(とが)められなかった。
 芽生が呆然と見つめる先、走り去っていくミニバンとすれ違う形で軽トラが一台こちらへ向かってやってくるのが見えて、京介が「来たな」とつぶやいた。
 細波がどこへ連れて行かれたのか気になった芽生だったけれど、『長谷川建設』と書かれた軽トラが自分たちのすぐそばへ駐車されたことにも気を取られてしまう。

「おう、長谷川。わざわざ呼び立てしちまって悪かったな。静月(しづき)ちゃん、一人で留守番、大丈夫か?」
 運転席から降りてきた作業着姿の長谷川社長へ京介が(ねぎら)いの言葉を掛けるなり、長谷川社長がニヤリと笑った。
「まぁ内容が内容だからな。静月(しづき)も頑張って事務所守るって言って、送り出してくれたよ」
 長谷川社長のセリフに、京介がバツの悪そうな顔をするのは何故だろう?
 そんな二人をオロオロと見比べる芽生に、長谷川社長が至極優しい笑みを向けてきた。
神田(かんだ)さん、良かったね」
「えっ?」
 何を喜ばれているのか分からなくて長谷川社長をキョトンと見上げたら、京介が手にしたままの婚姻届にちらりと視線を注がれる。
「あ、あの……長谷川さん、もしかして……」
相良(さがら)に頼まれてね。その書類の証人欄を埋めにきたんだよ」
 眼鏡の奥。色素の薄い瞳を柔らかに細められて、芽生はブワリと頬が熱くなるのを感じた。
「一つは私が埋めるとして……ここへ呼び出したってことは――」
「ああ、もう一方は比田(ひだ)さんに書いてもらうつもりだ」
「あ、あのっ」
 それはここ、児童養護施設『陽だまり』の創設者で施設長の比田(ひだ)真理(まり)先生のことだろうか?
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