組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
26.暗躍する者
『田畑家を追われたあとに分かったのですが、沙奈は妊娠していました』
かつて乳母として一人息子・栄一郎の傍にいた中村奈央子から、そんな手紙が栄蔵の自宅へ届いたという。
秘書が病院へ持ってきてくれた自宅宛の郵便物のなかに、質素な白い封筒が混ざっていて、裏面の送り主の名を見た瞬間、栄蔵の手は震えた。
おぼつかない手をなんとか制御して開封してみれば、たった一文、それだけがヨロヨロと揺れたたどたどしい筆跡で書かれていた。
栄蔵の知る奈央子は、もっと美しい字を書く女性だったはずだ。長い年月の間に、奈央子とその娘に、一体なにがあったというのだろう?
わざわざ栄蔵宛にそんな信書を送ってきた以上、沙奈の妊娠が息子の栄一郎と無関係なはずがない。
それは栄蔵にとって、たった一人の息子がこの世に遺した、唯一無二の忘れ形見へ繋がる糸に思えた。
(子供はどうなったんだ?)
そのことについては一切触れられていない手紙にヤキモキしつつ、すぐにでも自分自身が動きたかった栄蔵だ。だが、大病を患っているという嘘の手前、自分では身動きが取れなかったから苦肉の策。腹心の者を自分の代わりに送り先住所へ遣ったのだが、果たしてそこは特別養護老人ホームだった。
もしも痴呆などが出ていてまともに話せる状態でなかったらどうしよう? と思いながら、秘書が中村奈央子を訪ねれば、身体こそ不自由になってはいたけれど、幸い頭の方はしっかりしていた。
奈央子が言うには、沙奈の妊娠が分かってすぐ、栄一郎にはそのことを知らせたのだという。
元々生理不純で、便秘気味だった沙奈は、受胎に気付いたときにはすでに十七週目(五ヶ月)を過ぎていた。スカートのウエストがきつくなったのも、体重が少し増えたのも、全て便秘のせいだと思っていたため、気付くのが遅れたらしい。
身に余るほどの手切れ金とともに、もう二度と息子と連絡を取ってはいけないと、携帯の中の栄一郎に関するデータを全て消去させられていた中村母娘だ。恐らく栄一郎の方も同様だったんだろう。田畑家を追い出されて一カ月余り。あんなに沙奈に愛を囁いてくれた栄一郎からの連絡はプツリと途絶えていた。
沙奈は普段から手帳に連絡先を書く習慣があったから、実は栄一郎への連絡手段を一切合切奪われてしまっていたわけではないけれど、自分が栄一郎に連絡を入れることで彼はもちろん、母親にも迷惑を掛けてしまうことを懸念して、グッと我慢をしていた。
だが、栄一郎の子を腹に宿しているとあっては話は別だ。沙奈には愛しい栄一郎との子を堕ろすという選択肢はなかったし、かといって自分を女手一つで育ててくれた母親の苦労を間近で見てきたから、同じことを自分が出来るという自信も持てなかった。もっといえば、沙奈自身父親がいなかったことを寂しく思わなかったわけじゃない。
沙奈が悩んだ末に送った「赤ちゃんができたみたい」という報せに、栄一郎はすぐさま会いに来てくれて、沙奈が自分の子を懐妊していることをとても喜んでくれた。栄蔵にもちゃんと話し、何がなんでも結婚を承諾させるから、と約束もしてくれたのだ。
栄一郎との束の間の再会のあと、沙奈が嬉しそうにお腹を撫でさすりながら語ってくれたのだと、奈央子は淡く微笑んだ。
栄一郎は、沙奈に『身内の中に沙奈とのことを応援してくれる遠縁の親戚がいるから、その人にも後押ししてもらうよ』と言っていたらしい。
「その人から『沙奈ちゃんの居場所を見つけてあげるから、再会できたら彼女との駆け落ちも考えてみたら?』と示唆されていたんだ、と語ってくれた栄一郎さんはお相手のことをとても信頼しているように見えたの」
そう話す沙奈は、とても幸せそうだった。
そんな娘を見て、「田畑家のお身内の方にも二人の味方がいてよかったね」と話したのを、奈央子はつい先日のことのように思い出せると涙ぐむ。
ただ、栄一郎が言っていた遠縁の者が男性なのか女性なのか。年齢はいくつぐらいの人なのか。沙奈も栄一郎から聞かされていなかったらしく、奈央子にもどんな相手なのかまでは分からず終いだった。
「それからすぐのことでした。栄一郎さんが亡くなられたとニュースで見たのは」
かつて乳母として一人息子・栄一郎の傍にいた中村奈央子から、そんな手紙が栄蔵の自宅へ届いたという。
秘書が病院へ持ってきてくれた自宅宛の郵便物のなかに、質素な白い封筒が混ざっていて、裏面の送り主の名を見た瞬間、栄蔵の手は震えた。
おぼつかない手をなんとか制御して開封してみれば、たった一文、それだけがヨロヨロと揺れたたどたどしい筆跡で書かれていた。
栄蔵の知る奈央子は、もっと美しい字を書く女性だったはずだ。長い年月の間に、奈央子とその娘に、一体なにがあったというのだろう?
わざわざ栄蔵宛にそんな信書を送ってきた以上、沙奈の妊娠が息子の栄一郎と無関係なはずがない。
それは栄蔵にとって、たった一人の息子がこの世に遺した、唯一無二の忘れ形見へ繋がる糸に思えた。
(子供はどうなったんだ?)
そのことについては一切触れられていない手紙にヤキモキしつつ、すぐにでも自分自身が動きたかった栄蔵だ。だが、大病を患っているという嘘の手前、自分では身動きが取れなかったから苦肉の策。腹心の者を自分の代わりに送り先住所へ遣ったのだが、果たしてそこは特別養護老人ホームだった。
もしも痴呆などが出ていてまともに話せる状態でなかったらどうしよう? と思いながら、秘書が中村奈央子を訪ねれば、身体こそ不自由になってはいたけれど、幸い頭の方はしっかりしていた。
奈央子が言うには、沙奈の妊娠が分かってすぐ、栄一郎にはそのことを知らせたのだという。
元々生理不純で、便秘気味だった沙奈は、受胎に気付いたときにはすでに十七週目(五ヶ月)を過ぎていた。スカートのウエストがきつくなったのも、体重が少し増えたのも、全て便秘のせいだと思っていたため、気付くのが遅れたらしい。
身に余るほどの手切れ金とともに、もう二度と息子と連絡を取ってはいけないと、携帯の中の栄一郎に関するデータを全て消去させられていた中村母娘だ。恐らく栄一郎の方も同様だったんだろう。田畑家を追い出されて一カ月余り。あんなに沙奈に愛を囁いてくれた栄一郎からの連絡はプツリと途絶えていた。
沙奈は普段から手帳に連絡先を書く習慣があったから、実は栄一郎への連絡手段を一切合切奪われてしまっていたわけではないけれど、自分が栄一郎に連絡を入れることで彼はもちろん、母親にも迷惑を掛けてしまうことを懸念して、グッと我慢をしていた。
だが、栄一郎の子を腹に宿しているとあっては話は別だ。沙奈には愛しい栄一郎との子を堕ろすという選択肢はなかったし、かといって自分を女手一つで育ててくれた母親の苦労を間近で見てきたから、同じことを自分が出来るという自信も持てなかった。もっといえば、沙奈自身父親がいなかったことを寂しく思わなかったわけじゃない。
沙奈が悩んだ末に送った「赤ちゃんができたみたい」という報せに、栄一郎はすぐさま会いに来てくれて、沙奈が自分の子を懐妊していることをとても喜んでくれた。栄蔵にもちゃんと話し、何がなんでも結婚を承諾させるから、と約束もしてくれたのだ。
栄一郎との束の間の再会のあと、沙奈が嬉しそうにお腹を撫でさすりながら語ってくれたのだと、奈央子は淡く微笑んだ。
栄一郎は、沙奈に『身内の中に沙奈とのことを応援してくれる遠縁の親戚がいるから、その人にも後押ししてもらうよ』と言っていたらしい。
「その人から『沙奈ちゃんの居場所を見つけてあげるから、再会できたら彼女との駆け落ちも考えてみたら?』と示唆されていたんだ、と語ってくれた栄一郎さんはお相手のことをとても信頼しているように見えたの」
そう話す沙奈は、とても幸せそうだった。
そんな娘を見て、「田畑家のお身内の方にも二人の味方がいてよかったね」と話したのを、奈央子はつい先日のことのように思い出せると涙ぐむ。
ただ、栄一郎が言っていた遠縁の者が男性なのか女性なのか。年齢はいくつぐらいの人なのか。沙奈も栄一郎から聞かされていなかったらしく、奈央子にもどんな相手なのかまでは分からず終いだった。
「それからすぐのことでした。栄一郎さんが亡くなられたとニュースで見たのは」