組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
 もっと言えば鳴矢を跡継ぎにしないと告げるより先、息子に(なび)かない孫娘(女性)へ鳴海が短慮を起こして、唯一の法定相続人である芽生を亡き者にしようとするだなんて思いもしなかったのだ。きっと鳴海は栄蔵の血を引く孫さえいなくなれば、跡継ぎとして嘱望(しょくぼう)された鳴矢(むすこ)に田畑家の資産相続のチャンスが訪れると考えたんだろう。
 鳴矢に跡継ぎの資質がないと通告したあと、細波母子(おやこ)はきっと、あのとき芽生を殺さなくて良かったと心底安堵(あんど)したに違いない。

 奈央子から聞かされた話を総合して(かんが)みるに、沙奈が産み落とした赤子を(さら)い、『陽だまり』へ捨てたのはきっと細波(さざなみ)鳴海(なるみ)だ。
 栄一郎が沙奈に話したという〝遠縁の者〟も鳴海だろう。
 栄一郎が亡くなった当時、鳴矢はまだ七つかそこらの子供だったから、そうとしか考えられなかった。

 物証こそなくて追い詰められないでいたけれど、《《鳴海には》》ある程度警戒をしていた栄蔵である。だが、まさか鳴矢までがそこまで卑劣(ひれつ)な真似をするとは思わなかった。鳴矢が、芽生(まごむすめ)を何らかの形で自分の前へ連れてきたら、そのときに彼女を保護すればいいと安直に考えていた自分の浅はかさを呪いたくなった栄蔵である。
 鳴矢が芽生を自らの伴侶として栄蔵に紹介したいと言ったとき、栄蔵は芽生が鳴矢の美貌にほだされたのかと思っていたのだ。実際鳴矢は見た目だけならかなり見目麗しい。加えてさかえグループに勤めているというステータスもあったから、女性らによくモテていることを栄蔵は知っていた。
 きっと孫娘も、そんな鳴矢に言い寄られて舞い上がって、結婚を了承したんだとばかり思っていた。だが、ふたを開けてみればそうではないことがわかって、ゾッとしたのだ。
(あやうく、栄一郎と沙奈さんの二の舞になるところだったじゃないか)
 芽生が幼い頃から傍にいたという相良(さがら)京介(きょうすけ)が、もしも芽生を守ってくれていなかったなら、可愛い孫娘(この子)はいま自分の目の前にいてくれただろうか?

 奈央子から連絡があるまで、自分に孫がいることすら知らなかった栄蔵が、鳴矢の行動から割り出した孫娘と(おぼ)しき女の子へ監視役を付けられたのは、本当につい最近のことだ。だが栄蔵が頼んだ人間は、相良ほど芽生に対して親身になってはくれなかった。そればかりか、芽生がヤクザ者と関わっているというだけで尻込みするような役立たずだった。
 芽生の(かたわ)らにいつも相良がいたことが裏目に出たといえばそれまでだ。だが彼がいたことで救われたことの方が多かっただろうことも理解している栄蔵は、相良に対して恩義すら感じている。

 最愛の息子には相良のような頼れる存在がいなかったから……あんな悲劇的なことになったのではないだろうか。
 そうして栄一郎に手を掛けたかもしれない鳴海(なるみ)が、自分の息子をいけしゃあしゃあと栄一郎の後釜(あとがま)()してきたと思うと、反吐(へど)が出そうだ。
 細波(さざなみ)母子(おやこ)がここまで汚い人間だと知ってしまった今となっては、相良のような存在も必要悪に思えた。

 思い起こせば、全てが後手ばかり。後悔の連続な栄蔵なのだ。そんな自分がもう二度と同じ(てつ)を踏まないためにしなければならないことはただひとつ。
 今現在、栄蔵(じぶん)の目の前にいる孫娘を守るため、細波母子(おやこ)に断固とした処置を――。
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