組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
28.同じ轍(てつ)
家族の愛なんてものを受けたことのない自分が、芽生に家族愛を語る。
(シュール過ぎんだろ)
ひとり心のなかでごちながら、京介は自分には得られなかったものを、芽生には持っていて欲しいと希わずにはいられない。なにせ、芽生はそれを得るチャンスが与えられたのだから。
腕の中で小さく肩を震わせて泣く芽生を抱き締めながら、京介はそんなことを思う。
ふとそこでベッド上の栄蔵と目が合って、なんとなくバツが悪くなった。
今まで芽生には身内なんていないと思っていたから、自分が彼女の保護者代わりだとばかりに過保護全開で接してきた。だが、血の繋がった祖父母が見つかったとあっては、自分はお役御免ではないだろうか。
「京ちゃん?」
そんな気の迷いから腕の力が緩んで、芽生を不安にさせたらしい。すぐ間近から芽生に見上げられて、京介は一瞬だけ芽生に掛けた手指へ力を込めてから、芽生を栄蔵の方へ手放すみたいに押しやった。
「爺さんにも甘えてやれ」
むしろ今からはそうシフトチェンジしていくべきだ。
京介の言葉に栄蔵が「おいで?」と両腕を広げるのを見た芽生が、京介を振り返ってオロオロとする。京介は再度自分の傍から遠ざけるみたいに芽生の背中をトンと押して栄蔵の方へ促すと、自分は一歩後ろへ下がった。
芽生が恐る恐る「おじい、ちゃん?」と呼び掛けながら栄蔵の方へ歩み寄るのを眺めながら、京介は二人が二十数年分の時間を埋めていけばいいと願う。
栄蔵は芽生の呼び掛けに何度も何度も頷きながら、「《《芽生》》」と初めて孫のことを下の名で呼んだ。
***
先程相良京介が孫娘にさらりと『親父さんやお袋さんの命を奪った』と表現したとき、栄蔵はかなり驚かされた。思わず孫の背中越し。芽生を慰める男をじっと見つめてしまったほどだ。
だが栄蔵がハッキリ告げていなくても、芽生は話の内容からそういうことを何となく感じ取っていたんだろう。そこについては一切言及してこなかった。
それよりも芽生にとって重要だったのは、自分が母親に捨てられたのか否かということだったらしい。
芽生が泣きながらそんな不安を吐き出した時、栄蔵は不覚にも上手く慰撫することが出来なかった。孫娘と接するのが初めてだったからというのももちろんあっただろう。
だが、さすがというべきか。芽生が子供の頃から彼女を守ってきたらしい相良京介という男は、いとも簡単に芽生の不安を払拭してしまった。
本来ならば自分の口から『少なくともわたし自身はお前を心の底から大切に思っているよ』と告げるべきだったのに、それすら相良に言われてしまったことは、栄蔵にとって不甲斐なさの極みだ。
家族の愛を説くヤクザというのもおかしなものだが、恐らく相良は芽生に対して親顔負けの愛情を掛けて接してくれていたんだろう。大会社を率いてきた人間としての勘がそう囁いたのは、相良が芽生を見つめる眼差しが慈愛に満ちていたからだ。
そんな相良が芽生を自分の方へ行くよう促してくれた。彼は、どういう心境でそうしたんだろう? そんなことを考えると、栄蔵は相良京介という男のことをますます憎めない人間だと思ってしまった。
裏社会の男相手にそんなことを思ってしまう自分も、大概緩い。ひょっとしたら病気をして、死を意識したからかも知れない。
***
芽生が栄蔵のベッド縁に腰掛けて、幾分ぎこちなくはあるけれど《《真実血の繋がった》》祖父と話す姿を遠巻きに眺めながら、胸の奥が何となくモヤモヤしてしまうのは何故だろう。
今まで芽生はずっと自分を頼りにしてきてくれた。そこへ別の人間が介入してきたことへの、漠然とした不安だろうか。
(いや)
だが、それならば『陽だまり』の比田先生だって、芽生にとっては親代わりみたいな存在だったはずだ。京介を頼るほどに、芽生が比田を頼っていたかというと恐らくは否だ。けどそれにしたって、頼り先が京介一択というわけじゃなかっただろうことは推察できる。なのに――。
(ハッキリしねぇこの胸のつかえは何なんだよ?)
京介はイライラしながらそう考えずにはいられない。
(クソッ)
ここが病室であることも忘れて無意識に煙草を探ろうとスーツの胸元へ手を突っ込んだら、指先が乾いた感触に触れた。さっき芽生から取り上げた婚姻届だ。
(あー、そういうことか)
そこでやっと合点がいった京介は、再度芽生と栄蔵を見つめて小さく吐息を落とす。
(シュール過ぎんだろ)
ひとり心のなかでごちながら、京介は自分には得られなかったものを、芽生には持っていて欲しいと希わずにはいられない。なにせ、芽生はそれを得るチャンスが与えられたのだから。
腕の中で小さく肩を震わせて泣く芽生を抱き締めながら、京介はそんなことを思う。
ふとそこでベッド上の栄蔵と目が合って、なんとなくバツが悪くなった。
今まで芽生には身内なんていないと思っていたから、自分が彼女の保護者代わりだとばかりに過保護全開で接してきた。だが、血の繋がった祖父母が見つかったとあっては、自分はお役御免ではないだろうか。
「京ちゃん?」
そんな気の迷いから腕の力が緩んで、芽生を不安にさせたらしい。すぐ間近から芽生に見上げられて、京介は一瞬だけ芽生に掛けた手指へ力を込めてから、芽生を栄蔵の方へ手放すみたいに押しやった。
「爺さんにも甘えてやれ」
むしろ今からはそうシフトチェンジしていくべきだ。
京介の言葉に栄蔵が「おいで?」と両腕を広げるのを見た芽生が、京介を振り返ってオロオロとする。京介は再度自分の傍から遠ざけるみたいに芽生の背中をトンと押して栄蔵の方へ促すと、自分は一歩後ろへ下がった。
芽生が恐る恐る「おじい、ちゃん?」と呼び掛けながら栄蔵の方へ歩み寄るのを眺めながら、京介は二人が二十数年分の時間を埋めていけばいいと願う。
栄蔵は芽生の呼び掛けに何度も何度も頷きながら、「《《芽生》》」と初めて孫のことを下の名で呼んだ。
***
先程相良京介が孫娘にさらりと『親父さんやお袋さんの命を奪った』と表現したとき、栄蔵はかなり驚かされた。思わず孫の背中越し。芽生を慰める男をじっと見つめてしまったほどだ。
だが栄蔵がハッキリ告げていなくても、芽生は話の内容からそういうことを何となく感じ取っていたんだろう。そこについては一切言及してこなかった。
それよりも芽生にとって重要だったのは、自分が母親に捨てられたのか否かということだったらしい。
芽生が泣きながらそんな不安を吐き出した時、栄蔵は不覚にも上手く慰撫することが出来なかった。孫娘と接するのが初めてだったからというのももちろんあっただろう。
だが、さすがというべきか。芽生が子供の頃から彼女を守ってきたらしい相良京介という男は、いとも簡単に芽生の不安を払拭してしまった。
本来ならば自分の口から『少なくともわたし自身はお前を心の底から大切に思っているよ』と告げるべきだったのに、それすら相良に言われてしまったことは、栄蔵にとって不甲斐なさの極みだ。
家族の愛を説くヤクザというのもおかしなものだが、恐らく相良は芽生に対して親顔負けの愛情を掛けて接してくれていたんだろう。大会社を率いてきた人間としての勘がそう囁いたのは、相良が芽生を見つめる眼差しが慈愛に満ちていたからだ。
そんな相良が芽生を自分の方へ行くよう促してくれた。彼は、どういう心境でそうしたんだろう? そんなことを考えると、栄蔵は相良京介という男のことをますます憎めない人間だと思ってしまった。
裏社会の男相手にそんなことを思ってしまう自分も、大概緩い。ひょっとしたら病気をして、死を意識したからかも知れない。
***
芽生が栄蔵のベッド縁に腰掛けて、幾分ぎこちなくはあるけれど《《真実血の繋がった》》祖父と話す姿を遠巻きに眺めながら、胸の奥が何となくモヤモヤしてしまうのは何故だろう。
今まで芽生はずっと自分を頼りにしてきてくれた。そこへ別の人間が介入してきたことへの、漠然とした不安だろうか。
(いや)
だが、それならば『陽だまり』の比田先生だって、芽生にとっては親代わりみたいな存在だったはずだ。京介を頼るほどに、芽生が比田を頼っていたかというと恐らくは否だ。けどそれにしたって、頼り先が京介一択というわけじゃなかっただろうことは推察できる。なのに――。
(ハッキリしねぇこの胸のつかえは何なんだよ?)
京介はイライラしながらそう考えずにはいられない。
(クソッ)
ここが病室であることも忘れて無意識に煙草を探ろうとスーツの胸元へ手を突っ込んだら、指先が乾いた感触に触れた。さっき芽生から取り上げた婚姻届だ。
(あー、そういうことか)
そこでやっと合点がいった京介は、再度芽生と栄蔵を見つめて小さく吐息を落とす。