組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
 途端ヒッと悲鳴を上げて鳴海がのけぞったのだが、京介は鳴海を逃がすつもりなんてさらさらない。
 無造作に鳴海の服の胸元を掴んで逃げを封じると、
「アンタ、俺たちがどういう稼業の人間か分かってるみてぇだから話、(はえ)ぇと思うんだがな、ちぃーとばかり聞きてぇことがあんだわ。痛い目に遭うのはイヤだろうし、素直に答えてくれるよな?」
 あえて鳴海の耳元に吐息が掛かるほど顔を近付けると、煙が彼女の顔に掛かるように吐き出しながらそう吹き込んだ。
 鳴海は京介から吹きかけられた呼出煙(こしゅつえん)にゲホゲホと(むせ)ながらも、今までマシンガンみたいに騒ぎ続けていたのが嘘みたいに押し黙る。火がついた煙草の先を肌に押し当てられたわけでもないのに、火傷を恐れるみたいにビクビクしながら京介の言葉に(うなず)いた。目隠しをしていて見えないが、もしかしたら恐怖で泣いているかも知れない。
 だがそんなこと、京介は知ったことではない。相手が泣こうが失禁しようが、やるべきことを遂行(すいこう)するのみだ。

「芽生の母親の中村(なかむら)沙奈(さな)、覚えてるよな?」
 京介が沙奈の名を出した途端、鳴海がビクッと肩を跳ねさせた。それは京介にとって、『知っている』と白状したも同然だった。
「彼女が入院した母親の奈央子(なおこ)にも連絡を入れず、赤ん坊を病院でもねぇトコで秘密裏(ひみつり)に産んだのはお前(テメェ)の差し金か?」
 鳴海が看護師なことは調べが付いている。だが、助産師の資格までは持っていなかったはずだ。
 質問に答えようとしない鳴海から一歩離れると、京介は彼女の首筋へかかる髪の毛を無造作に払い退けて、髪の生え際に近い場所へ煙草の火を押し当てた。
 突然のことに「ぎゃぁ!」と悲鳴を上げてのけぞる鳴海の腹を蹴って黙らせると、
「聞かれたことには三秒以内に答えろ。でないと次は顔にやんぞ?」
 低めた声音で(おど)しをかける。
 実際は《《見えるところ》》に傷を負わせる気なんてさらさらない。
 捕まえた際、佐山(さやま)文至(ぶんし)によってボコボコにされていた鳴矢(なるや)は仕方がないとして、鳴海の方は《《表面的には》》綺麗なまま警察へ引き渡すつもりだ。
 どうせすぐにバレるだろうが、その辺は警察の上層部にいる顔馴染(かおなじ)みが何とかしてくれるだろう。だが、まぁ面倒事は極力避けるに限るのだ。

「で、どうなんだ?」
 京介の問いかけに鳴海は観念したように「私が(おど)したのよ!」と吐き捨てた。
「脅した?」
「産んだ子供、父親の栄一郎(えいいちろう)も死んでしまったんじゃ育てられないでしょう? 私が育ててやるから産んだら寄越せって言ったの! なのに生意気にもイヤだとか言うから……言うこと聞かないならアンタの母親がどうなっても知らないわよ? って言ってやったの!」
「は?」
 京介は目の前の女が、芽生(めい)の出生に際して何らかの関与はしているだろうと思っていた。だが予想していた以上の告白が飛び出してきそうで、思わず鳴海の胸元を掴む手に力を込めてしまう。

「それでもあの女が渋るから! 本気だって知らしめるしかなかったのよ!」


***


 鳴海(なるみ)奈央子(なおこ)を害するために(おど)した相手は安西(あんざい)(まこと)という男で、鳴海から脅迫された当時、大学受験を控えた娘を持つシングルファーザーだった。
 中小企業の運送会社に所属し、下請けで深夜運転などを引き受ける立場だった安西は、立場的にはかなり弱い男だ。
 鳴海は看護師という仕事柄、たまたま安西がてんかん持ちであることを知った。

 てんかん発作で意識を失って、歩道橋の階段から落ちて大怪我を負ってしまい、鳴海の勤め先の病院へ救急搬送されてきたらしい。骨折をして入院することになった安西をたまたま看護する機会に見舞われた鳴海は、安西と他愛(たわい)のない雑談をする中で、彼が大型トラックの運転手をしていると知って、(てんかん持ちなのに大丈夫なの?)と疑念を(いだ)いた。
 気になって調べてみると、五年以内に発作を起こした者や、再発のリスクがある者は大型免許(および第2種免許)を取得・更新することが出来ないらしい。
< 82 / 112 >

この作品をシェア

pagetop