組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
(この女、俺たちよりよっぽど(あく)どいじゃねぇか)


 京介がそう思ったのと同時、
「カシラ、この女警察(さつ)に引き渡すのやめて、臓器売買の闇ブローカーに流すってのもありだと思うんですが」
 黙って京介の後ろに控えていた千崎(せんざき)がポツンとつぶやいた。千崎も相当腹に据えかねたということだろう。
 そもそも失念し掛けていたが、千崎は懇意(こんい)にしている百合香(おんな)を傷つけられている。アレだって下手をすれば百合香(ゆりか)は焼け死んでいたかも知れないのだ。

 京介は極道だ。もちろん《《そういう》》闇の伝手(つて)が全くないわけではないし、千崎の言を実行出来ないこともない。
 だが――。
(んなことしたら、芽生(めい)のそばにいられなくなっちまうわ)
 バレなければいいというものではない。
 鳴海に脅されたというトラックドライバーの安西にしてもそうだが、後ろ暗いことは極力しないほうが身のためだ。
(って極道なんかやってる俺が思うのも妙な話だがな)

(こえ)ぇこと言うなや千崎。まぁ気持ちは分かるがな」
 京介はとりあえず側近を(なだ)めると、「けど……まぁ、この女の大切にしてるモン、燃やすぐらいはしても(ばち)、当たんねぇんじゃね?」とニヤリとする。
 目には目を、なんなら倍返しでもいい。
 そう言外に含ませた京介は、
「関係ねぇ人間に迷惑が掛からねぇよう処理しろや」
 千崎の情婦(いろ)である百合香(ゆりか)が火傷を負わされたというのもある。
 建物ごと火をつけて近隣住民を巻き込むような真似はするなと釘を刺しつつ、《《家の中身》》を《《どこか他人様に迷惑が掛からない場所》》へ持ち出して燃やすのは構わないと、鳴海への報復については千崎へ一任した。
 京介の言葉を聞くなり鳴海が「何をするつもりなの!?」と騒いだが、京介に「誰が勝手に喋っていいって言った?」とすごまれて黙り込む。それでもか細い声で、「息子のために残しておきたいものばかりなの」と泣きついてきたが、そんな泣き言を聞いてやる義理はない。

 鳴海(なるみ)は、ひとしきり「せめて鳴矢(なるや)のアルバムだけは!」と母親らしいことを言っていたけれど、京介としては芽生(めい)から両親やそこから受けられるはずだった愛情、その他諸々(もろもろ)を奪っておいて虫が良すぎるだろ? としか思えなかった。むしろ鳴海の泣き言を聞いて、「写真から真っ先に焼け」と千崎に指示を出してしまったくらいだ。
 京介が千崎へそう命じた時の、鳴海の絶望に打ちひしがれた姿を見て、ほんの少しだけ溜飲(りゅういん)が下がった気がした京介である。

 赤ん坊を沙奈(ははおや)から奪っておいて、結局自分で育てるのは面倒だったから……とへその緒もとれていない新生児の芽生を自分の目が届く範囲――自分たちが住む自治体にある孤児院(陽だまり)へ置き去りにしたと言うのも、自分にも鳴矢(こども)のいる人間の所業とは思えない。

 今、この場で鳴海が洗いざらいぶちまけた告白はバッチリ録音もして(証拠もおさえて)あるし、警察に引き渡す際には三件(芽生の自宅、『ランジェリーショップYURIKA』、相良組(さがらぐみ)事務所)の放火についてだけではなく、過去に起こした事件(芽生の両親殺害と、安西に奈央子(なおこ)を襲わせた脅迫(きょうはく)による殺人教唆(きょうさ)など)についても再度調べ直すよう働きかけて追及させるつもりだ。
 現行の法律では殺人事件に時効はないし、脅迫による殺人未遂(みすい)教唆(きょうさ)の時効も二十五年あるはずだから、十分罪に問えるはずだ。芽生の誘拐(未成年者掠取(りゃくしゅ))については十年を過ぎていて時効を迎えているが、他の事件との関連がある。お(とが)めなしというのは考えられないはずだ。
 さすがに色々やらかし過ぎていて、死刑か……軽くても無期懲役(むきちょうえき)(まぬが)れられないだろう。
(自業自得だな)
 留置所や刑務所では、いっそのことこの場で自分たちに殺されていた方がマシだったと思えるような目に遭えばいい。
 他力本願にもそう(こいねが)ってしまう程度には、京介は鳴海に対して(いきどお)りを覚えていた。
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