組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
30.細波鳴矢
用の済んだ鳴海を千崎に任せると、京介は佐山文至が見張っている倉庫の対角線上へ足を向けた。
さして吸った気なんてしないのに、すっかり根元の方まできてしまっていた煙草を携帯灰皿にねじ込むと、京介は新たな一本に火をつけて咥えた。そうしておいて、気持ちを切り替えるように大きく吸い込んで、ふぅーと煙を吐き出す。
京介へ一礼する佐山に小さく頷くと、鳴海同様手足の自由を奪われ、目隠しに猿轡を噛まされた状態で床へ転がされている細波鳴矢を見下ろした。
「目と口」
すぐそばの佐山へ端的にそれだけを告げると、心得たもの。佐山が鳴矢の腕をグイッと掴んで座らせて、目の覆いと口枷を外した。
先ほど千崎に引っ立てられて行って、鳴海はもうこの倉庫内にはいない。あれだけ喚いていたのだ。母親の存在は視野を奪われた状態でも感じていただろう。むしろ視界が開けた先に、いると思っていた鳴海の姿がない。その方が鳴矢の恐怖心を煽れて好都合なんじゃないか? そう判断した京介は、怯えたようにこちらを見遣る鳴矢の前へしゃがみ込んだ。
「ママは……」
案の定、倉庫内をキョロキョロと見回して、すぐさま鳴海の姿がないことを不審に感じたらしい鳴矢がポツンとつぶやく。その声に、京介はスッと瞳を眇めた。
(この歳になって〝ママ〟とはまた……)
如何に目の前の男が母親に負んぶに抱っこで生きてきたのか、その甘ったれた呼び方だけで垣間見えた気がして、京介は虫唾が走るのを感じた。
(自分の母親が芽生からそういうのを根こそぎ奪っちまったとは思ってねぇんだろうな)
そればかりか、母親の言うがまま。芽生を自分たちが幸せになるためだけの道具にしようとしていたのだと知っているから、余計に腹立たしい。
「母親の心配してる余裕があんの、ある意味すげぇな。俺、今からアンタにもしっかりと落とし前をつけてもらう気満々なんだけど?」
グイッと無造作に鳴矢の髪の毛を掴んで、咥え煙草のまま見下ろしたら、ポロリと鳴矢の頬の上へ灰が落ちた。炭化したばかりの灰燼だ。まだ熱かったんだろう。鳴矢が小さく呻いて顔を歪める。
「細波さんよ。あんた、ちぃーと見ねぇ間に、随分《《いい男》》になったじゃねぇーか」
言って、京介が鳴矢の顔へ向けてわざと煙を吐きかけると、煙草なんて吸わないんだろう。鳴矢が咳き込んで、乗っかっていた灰がホロリと落ちて床へ散らばる。灰があった箇所が、ほんのり赤くなっているのが分かったが、すでに顔が変わるくらい佐山から痛めつけられているのだ。今更灰が落ちた程度の些細な火傷が増えたからといって、大差ないだろう。
佐山に殴られ、面相の変わった鳴矢を見下ろすようにしてニヤリと笑ったら、ひとしきり咳き込んで涙目になった鳴矢が、意外にも京介を睨みつけてきた。
「そ、そうだ! 今アンタが言った通り、僕は……そこの男から充分過ぎるくらいの制裁を受けてる! こ、これ以上は過剰だって思うだろ!?」
その言葉に、京介は胸の奥の方で何かがスッと冷えていくのを感じた。
(何の罪もねぇ芽生をあんなひどい目に遭わせておいて……これぐらいで十分だと思ってやがるのか? 上等じゃねぇか)
「思わねぇな」
ポツリと心のままを口の端に乗せれば、鳴矢が信じられない! と言いたげに京介を見上げてきた。
「こ、この、外道!」
「外道? まぁ確かに俺は極道なんてモンをやらせてもらってるし……堅気さんから見りゃーそうなのかも知れねぇなぁ」
ククッと笑って大きく息を吸い込んで苦い煙を体内へ取り入れると、京介はまるで溜め息を可視化したいみたいに長々と吐き出した。
さして吸った気なんてしないのに、すっかり根元の方まできてしまっていた煙草を携帯灰皿にねじ込むと、京介は新たな一本に火をつけて咥えた。そうしておいて、気持ちを切り替えるように大きく吸い込んで、ふぅーと煙を吐き出す。
京介へ一礼する佐山に小さく頷くと、鳴海同様手足の自由を奪われ、目隠しに猿轡を噛まされた状態で床へ転がされている細波鳴矢を見下ろした。
「目と口」
すぐそばの佐山へ端的にそれだけを告げると、心得たもの。佐山が鳴矢の腕をグイッと掴んで座らせて、目の覆いと口枷を外した。
先ほど千崎に引っ立てられて行って、鳴海はもうこの倉庫内にはいない。あれだけ喚いていたのだ。母親の存在は視野を奪われた状態でも感じていただろう。むしろ視界が開けた先に、いると思っていた鳴海の姿がない。その方が鳴矢の恐怖心を煽れて好都合なんじゃないか? そう判断した京介は、怯えたようにこちらを見遣る鳴矢の前へしゃがみ込んだ。
「ママは……」
案の定、倉庫内をキョロキョロと見回して、すぐさま鳴海の姿がないことを不審に感じたらしい鳴矢がポツンとつぶやく。その声に、京介はスッと瞳を眇めた。
(この歳になって〝ママ〟とはまた……)
如何に目の前の男が母親に負んぶに抱っこで生きてきたのか、その甘ったれた呼び方だけで垣間見えた気がして、京介は虫唾が走るのを感じた。
(自分の母親が芽生からそういうのを根こそぎ奪っちまったとは思ってねぇんだろうな)
そればかりか、母親の言うがまま。芽生を自分たちが幸せになるためだけの道具にしようとしていたのだと知っているから、余計に腹立たしい。
「母親の心配してる余裕があんの、ある意味すげぇな。俺、今からアンタにもしっかりと落とし前をつけてもらう気満々なんだけど?」
グイッと無造作に鳴矢の髪の毛を掴んで、咥え煙草のまま見下ろしたら、ポロリと鳴矢の頬の上へ灰が落ちた。炭化したばかりの灰燼だ。まだ熱かったんだろう。鳴矢が小さく呻いて顔を歪める。
「細波さんよ。あんた、ちぃーと見ねぇ間に、随分《《いい男》》になったじゃねぇーか」
言って、京介が鳴矢の顔へ向けてわざと煙を吐きかけると、煙草なんて吸わないんだろう。鳴矢が咳き込んで、乗っかっていた灰がホロリと落ちて床へ散らばる。灰があった箇所が、ほんのり赤くなっているのが分かったが、すでに顔が変わるくらい佐山から痛めつけられているのだ。今更灰が落ちた程度の些細な火傷が増えたからといって、大差ないだろう。
佐山に殴られ、面相の変わった鳴矢を見下ろすようにしてニヤリと笑ったら、ひとしきり咳き込んで涙目になった鳴矢が、意外にも京介を睨みつけてきた。
「そ、そうだ! 今アンタが言った通り、僕は……そこの男から充分過ぎるくらいの制裁を受けてる! こ、これ以上は過剰だって思うだろ!?」
その言葉に、京介は胸の奥の方で何かがスッと冷えていくのを感じた。
(何の罪もねぇ芽生をあんなひどい目に遭わせておいて……これぐらいで十分だと思ってやがるのか? 上等じゃねぇか)
「思わねぇな」
ポツリと心のままを口の端に乗せれば、鳴矢が信じられない! と言いたげに京介を見上げてきた。
「こ、この、外道!」
「外道? まぁ確かに俺は極道なんてモンをやらせてもらってるし……堅気さんから見りゃーそうなのかも知れねぇなぁ」
ククッと笑って大きく息を吸い込んで苦い煙を体内へ取り入れると、京介はまるで溜め息を可視化したいみたいに長々と吐き出した。