組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
31.特注の……
 『田畑(たばた)栄蔵(えいぞう)』と、美しい墨文字が浮き上がって見える手彫り技法の木製の表札が掲げられた数奇屋門(すきやもん)に仰々しく出迎えられる。
 徹夜明けの京介には、朝の光に燦然(さんぜん)と輝く瓦屋根と白壁は少々まぶし過ぎて、思わず目を(すが)めずにはいられない。
 いかにも日本家屋という(たたず)まいは、大会社『さかえグループ』の社長の家として申し分のない大きさと威風堂々とした雰囲気を醸し出していた。

 ぐるり先が見えないほど向こうの方まで伸びた真っ白な(へい)は、敷地全体を囲んでいる。瓦屋根(かわらやね)の乗っかった伝統的な土塀(どべい)というやつだ。
 だが古風に見えて、要所要所に配された監視カメラには一分(いちぶ)の隙もない。こういう稼業をやっていると分かるのだが、なかなかに計算され尽くした配置だ。
 加えて敷地内には住み込みのボディガードも複数名いるらしいから、本当に大したものだと感心する。
 どこぞの国の大統領張りにセキュリティ面がしっかりしていると調べが付いていたからこそ、京介も大事な芽生(めい)を安心して任せることが出来たのだ。

 数奇屋門(すきやもん)の雰囲気を壊さないよう配慮された、控え目な色合いのインターフォンを押すと、
相良(さがら)京介(きょうすけ)だ。神田(かんだ)芽生(めい)を迎えに来た」
 カメラがこちらの様子を観察していることは承知の上で用件を話す。
 すぐさま応答があって、中から(かんぬき)を外しているのであろう音が聞こえてきた。
 出迎えてくれたのは屈強そうな雰囲気の男だったから、恐らくボディガードの一人だろう。
「こちらです」
 その男に案内されるまま付き従えば、これまた(どこの施設の日本庭園だよ)と言いたくなるような白い玉砂利が敷き詰められた立派な庭と、圧倒的な存在感を誇る玄関が見えた。

 京介たちが玄関にたどり着くより先。引き戸が中からガラガラッと開いて、子犬みたいにちっこいのが飛び出してきた。
「京ちゃん!」
 恐らく、屋敷の中から京介が入ってくるのを見ていたんだろう。当然のように京介の胸に飛びついてきた芽生の頭をヨシヨシと撫でながら、「待たせたな」と瞳を細めれば、芽生が「ホントだよぅ!」とぷぅっと頬を膨らませてみせる。そんな芽生の体温が、いつもより高いように感じられるのは、自分の手が冷え切っているからだろうか。
 芽生に触れる(おのれ)の手をふと見下ろして、先程まで嫌な仕事をしていたことを思い出した京介は、芽生の顔が見たくてここへ直行してきてしまったが、風呂でも入ってくれば良かったと後悔した。だが、幸いというべきか。腕の中の芽生は、「京ちゃん、煙草くさぁーい」とこちらを見上げてくるだけで、それ以外の気配を感じ取っている様には見えなかった。
 そのことに、京介が内心安堵(あんど)していたら、田畑栄蔵がこちらへのっそりと近付いてくるのが見えた。
「じいさん、急にこいつのこと頼んですまなかったな」
 突然、今まで面識のなかった孫を一晩押し付けたのだ。もしかしたら気まずかったかも知れないと思って謝罪すれば、キョトンとした顔をされる。
「何を謝ることがある? わたしは大変有意義な時間を過ごさせてもらったぞ? 何ならもう一晩……。いや、もっと言えばこの先ずっと……。ここへその子を預けておいてくれても構わんくらいだ」
 ククッと笑われて、(このタヌキが)と思わずにはいられない。
 栄蔵が思いのほか孫とのひと時を楽しんだのだと察した京介は、ニヤリと笑った。
「そいつは大変魅力的な申し出だが、(わり)ぃーな。俺は大事なモンは手元へ囲っておきたい主義でね。その申し出は丁重にお断りさせてもらうわ」
 京介としては田畑栄蔵を牽制(けんせい)するつもり。何の気なしに告げた言葉だったのだが、言うなり腕の中の芽生がピクッと反応したのに気が付いて、(しまった)と思った。
「京ちゃん、いま私のこと、大事って言ってくれた?」
 キラキラとした大きな目で見上げられて、その瞳がいつもよりウルウルと濡れ光っているように見えるのは気のせいだろうか? とどうでもいいことを思ってしまう。その期待に満ちた視線に、何となくバツが悪くなった京介は、それには答えずふぃっと視線をそらせると、芽生の肩を抱いて「帰るぞ」と(きびす)を返した。

 そんな京介の背中に「なぁ、相良さん。《《あの二人》》は――」と栄蔵の声が投げかけられて、京介は芽生の肩へ手を掛けたまま立ち止まった。
 あの二人、とは細波(さざなみ)母子(おやこ)のことだろう。
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