組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
腕の中でじっと自分を見上げてくる芽生と、あえて視線を合わせないようにして振り返ると、一言「済ませてきた」とだけ返した。だが、栄蔵も心得たもの。「そうか」と神妙な顔をして頷いただけで、それ以上は聞いてこなかった。
詳しい話は芽生がいないところでしたい。
京介は、その気持ちは栄蔵も同じなんだな……と思った。
***
「なぁ芽生。婚姻届だがな――」
「今から出しに行くの?」
〝婚姻届〟と口にした途端、芽生からワクワクした瞳で見詰められて、京介は思わず言葉に詰まる。
昨日は一日色々ありすぎた。買い物から戻ってきて捨て猫を拾い、一息つく間もなくランジェリーショップや事務所への放火で呼び出された。芽生の誘拐と殿様の入院。陽だまりへの訪問。芽生を田畑栄蔵に引き合わせたり、夜通しかけて細波母子に制裁を加えたりもした。
一時は流れに任せて出してしまおうかと思った紙片だが、落ち着いてみると、バタバタと入籍するのは何かが違うと思ってしまった京介である。
芽生の顔を見たい一心で、割と朝早い時間――。
風呂にも入らず迎えに来てしまったが、京介は徹夜明けだ。
「それ、日を改めねぇ?」
「なんで? 私との結婚、嫌になっちゃった?」
京介の言葉を聞くなり芽生が不安そうに瞳を揺らせるから、京介は「んなわけねぇだろ」と、芽生を腕の中へ引き寄せた。
石矢が運転している車の中だ。石矢の視線が気にならないわけではなかったが、荒事を済ませるなり田畑栄蔵のもとへ芽生を迎えに来ている。今更芽生を特別扱いしている事実がひとつ増えたからといって、大差ないかと開き直ることにした。
「どうせ出すなら日柄とか……そういうの見て出してぇなと思っちまっただけだ。あと……まぁあれだ。施設に入ってるとかいうばあさんにも報告した後の方がいいだろ?」
栄蔵は芽生とともに中村奈央子のもとを訪問したいと言っていた。
ならば、それを待ってからの方が、筋が通るというものだ。栄蔵にだけ事前報告して、奈央子には事後報告では何となく寝覚めが悪い。
そう説明したら、芽生が納得したように頷いた。
「それも……そうだね。ねぇ京ちゃん、おばあちゃんは……私たちの結婚、喜んでくれるかな?」
一時のこととはいえ、栄蔵に反対されたことを思い出したんだろう。
腕の中で芽生がこちらを見上げて眉根を寄せるから、京介はそんな芽生のおでこを軽くピンと弾いた。
「痛いっ」
芽生がすぐさまおでこに手を当てるのを見て、ククッと笑うと、
「最終的にゃー、じいさんも納得してくれただろ? 結局のところ、お前が俺と一緒になって幸せになれるって信じてもらえりゃ問題ねぇんだよ」
そこまで言って、何となくバツが悪くて視線を逸らすと、ぶっきら棒に続ける。
「俺はお前とじゃなきゃ幸せになれねぇと思ってるし……お前も……そうだろ?」
ミラー越し、一瞬だけ視線がかち合った石矢から『カシラ、そういうことは目を見て言うもんです』と非難されたような気がして、京介はふいっと窓外へ視線を流してそれも遮断した。
***
結局京介は真っすぐ家には向かわず、ワオンモール内にあるジュエリーショップへ芽生を連れて行った。
「京ちゃん?」
先日、すでにこれでもか! という量のプレゼントを買ってもらっている芽生が不安げに小首を傾げたら、京介が何でもないことのように言う。
「指輪くらい贈らせろや」
「えっ?」
「ここ。いつまでも空けとくつもりか?」
左手薬指に触れられて、なんだか京介から遠回しに『俺のだって印を付けさせろ』と言われているように感じた芽生は、妙に嬉しくなった。
京介からの贈り物はとうぶんの間なにも要らないと思っていたのだけれど、彼の奥さん(婚約者?)としての証となれば、話は別だ。
「付ける! 付けたい! っていうかむしろ付けさせて!?」
勢いこんで京介の手をギュッと握ったら、京介に苦笑されてしまう。
「実はな、誕生日にって思って《《特注》》してたのがある。それ、婚約指輪にしても構わねぇか?」
別件で用意していたものを、エンゲージリングとして《《転用したい》》だなんて、なんだか京介にしては珍しい気がして、芽生はきょとんとする。
詳しい話は芽生がいないところでしたい。
京介は、その気持ちは栄蔵も同じなんだな……と思った。
***
「なぁ芽生。婚姻届だがな――」
「今から出しに行くの?」
〝婚姻届〟と口にした途端、芽生からワクワクした瞳で見詰められて、京介は思わず言葉に詰まる。
昨日は一日色々ありすぎた。買い物から戻ってきて捨て猫を拾い、一息つく間もなくランジェリーショップや事務所への放火で呼び出された。芽生の誘拐と殿様の入院。陽だまりへの訪問。芽生を田畑栄蔵に引き合わせたり、夜通しかけて細波母子に制裁を加えたりもした。
一時は流れに任せて出してしまおうかと思った紙片だが、落ち着いてみると、バタバタと入籍するのは何かが違うと思ってしまった京介である。
芽生の顔を見たい一心で、割と朝早い時間――。
風呂にも入らず迎えに来てしまったが、京介は徹夜明けだ。
「それ、日を改めねぇ?」
「なんで? 私との結婚、嫌になっちゃった?」
京介の言葉を聞くなり芽生が不安そうに瞳を揺らせるから、京介は「んなわけねぇだろ」と、芽生を腕の中へ引き寄せた。
石矢が運転している車の中だ。石矢の視線が気にならないわけではなかったが、荒事を済ませるなり田畑栄蔵のもとへ芽生を迎えに来ている。今更芽生を特別扱いしている事実がひとつ増えたからといって、大差ないかと開き直ることにした。
「どうせ出すなら日柄とか……そういうの見て出してぇなと思っちまっただけだ。あと……まぁあれだ。施設に入ってるとかいうばあさんにも報告した後の方がいいだろ?」
栄蔵は芽生とともに中村奈央子のもとを訪問したいと言っていた。
ならば、それを待ってからの方が、筋が通るというものだ。栄蔵にだけ事前報告して、奈央子には事後報告では何となく寝覚めが悪い。
そう説明したら、芽生が納得したように頷いた。
「それも……そうだね。ねぇ京ちゃん、おばあちゃんは……私たちの結婚、喜んでくれるかな?」
一時のこととはいえ、栄蔵に反対されたことを思い出したんだろう。
腕の中で芽生がこちらを見上げて眉根を寄せるから、京介はそんな芽生のおでこを軽くピンと弾いた。
「痛いっ」
芽生がすぐさまおでこに手を当てるのを見て、ククッと笑うと、
「最終的にゃー、じいさんも納得してくれただろ? 結局のところ、お前が俺と一緒になって幸せになれるって信じてもらえりゃ問題ねぇんだよ」
そこまで言って、何となくバツが悪くて視線を逸らすと、ぶっきら棒に続ける。
「俺はお前とじゃなきゃ幸せになれねぇと思ってるし……お前も……そうだろ?」
ミラー越し、一瞬だけ視線がかち合った石矢から『カシラ、そういうことは目を見て言うもんです』と非難されたような気がして、京介はふいっと窓外へ視線を流してそれも遮断した。
***
結局京介は真っすぐ家には向かわず、ワオンモール内にあるジュエリーショップへ芽生を連れて行った。
「京ちゃん?」
先日、すでにこれでもか! という量のプレゼントを買ってもらっている芽生が不安げに小首を傾げたら、京介が何でもないことのように言う。
「指輪くらい贈らせろや」
「えっ?」
「ここ。いつまでも空けとくつもりか?」
左手薬指に触れられて、なんだか京介から遠回しに『俺のだって印を付けさせろ』と言われているように感じた芽生は、妙に嬉しくなった。
京介からの贈り物はとうぶんの間なにも要らないと思っていたのだけれど、彼の奥さん(婚約者?)としての証となれば、話は別だ。
「付ける! 付けたい! っていうかむしろ付けさせて!?」
勢いこんで京介の手をギュッと握ったら、京介に苦笑されてしまう。
「実はな、誕生日にって思って《《特注》》してたのがある。それ、婚約指輪にしても構わねぇか?」
別件で用意していたものを、エンゲージリングとして《《転用したい》》だなんて、なんだか京介にしては珍しい気がして、芽生はきょとんとする。