組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
 栄蔵(えいぞう)の家へ迎えに行ったときから感じているのだが、京介は庇護者の勘とでも言おうか。何となく芽生の体調が芳しくないように思えて仕方がないのだ。
 外に出る予定ではなかったから、二人とも上着を羽織っていないのもあって、やはり死ぬほど寒い。
 春先や秋口のように外で過ごすのに心地よい時節にはそこで弁当を広げたりしている家族連れが多かったりもするのだが、さすがに年の瀬も迫った時期ともなると人出はまばらだ。
 しかも、チラチラと白いものまで舞っている。
「雪か……。冷えるわけだ」
 聞かせるとはなしに京介がつぶやいたら、芽生も京介同様空を見上げた。
「うん……」
 そうポツンと力なくつぶやく芽生の様が、いつも小鳥みたいに(さえず)りまくる彼女らしくなくて、京介は内心(どうした?)と思わずにはいられない。
 先ほどジュエリーショップで指輪を目にしたときの反応からするに、気に入らなかったということはないだろう。
 だが、あまりにも芽生が静かだから、京介は落ち着かないのだ。
 もしかしたら、芽生は京介が《《これを注文した時の真意》》に気付いたのではないだろうか? そんな思いまで去来する。
「芽生?」
 沈黙に耐えかねてつい胸元の煙草を探って……芽生の前だったと指先を掠めた箱から手を放せば、そんな京介を芽生が物言いたげな眼差しでじっと見詰めてくる視線とかち合った。
 さぁっと吹き抜けた風の冷たさに芽生が縮こまるのを見て、無意識に風上に立って芽生を寒さから守れば、意を決したように芽生が「京ちゃん」と口を開く。
 そうして先程ジュエリーショップで手渡された小さな紙袋の中からリングケースを取り出すと、寒さからだろうか。小さく震える手で、それを京介に差し出してきた。
「あのね、京ちゃん。……私、これ、京ちゃんにつけて欲しいの……」
 それは、京介も完成したリングを見たときからずっと考えていたことだ。
 ジュエリーショップで、包んでもらう前に()めてやればよかったのかも知れない。
 だが、ショップ店員の前でそんなことをするのは何だか《《柄じゃない》》と思って、出来ず(じま)いだった。
 結果、つけてやるタイミングを(いっ)してここまで来てしまったが、芽生は京介がいつまで経っても指にそれを()めてくれようとしないことに(ごう)を煮やしたんだろうか?
 それにしては、芽生の(うれ)いが深過ぎる気がして、京介は先程ふと思った、〝芽生がこの指輪を作った背景に気付いているかも?〟という可能性をもう一度考えずにはいられない。
 それを払拭(ふっしょく)したいみたいに「ほら、手ぇ、出せ」と芽生からリングケースごと指輪を奪えば、芽生がそんな京介の顔をじっと見上げてくる。
(クソッ)
 そう心の中で独り()ちながら、京介はリングピローから指輪を抜き取って芽生に向き直った。
長谷川(はせがわ)のやつ、どんなふうに言って、静月(しづき)ちゃんの手に指輪、嵌めたんだ?)
 芽生の視線から逃れたいみたいに、揶揄(からか)い混じりにでもその辺りの話をしっかり聞いておけばよかったと思ってみても後の祭り。
 そっと差し出された芽生の手をぶっきら棒に握りながら、指輪を手にしてアレコレ思いを巡らせてしまうのは、自分がこんなことをする日がくるだなんて思っていなかったからだ。
 そもそも……このリングは芽生との《《別れを意識して作ったもの》》で、婚約指輪の(こんなことに使う)つもりなんて微塵(みじん)もなく発注した指輪(もの)だ。
 芽生の《《右手》》薬指に、と作ったリングだったから、サイズが合うかどうかさえ不安だったけれど、幸い芽生は左右の薬指の太さにそれほど差異がなくて、最初から左手の薬指用にあつらえたみたいにしっくりとハマってくれて、京介は内心ホッとする。

 その気持ちが(あふ)れて、ほんの少し表情が緩んだと同時――。

「京ちゃん、チューリップ。毎年誕生日にくれてたけど……なんで今年は……今年だけは……生花じゃないのを選んだの?」
 京介に指輪を付けてもらったばかりの左手をグッと握りながら、芽生がポツンとつぶやいた。
「それは……」
 やはり芽生はいつもと違う京介の行動に違和感を感じていたのだ。
 芽生がこちらを真っすぐ見上げてくる瞳に、京介は(のが)れられない、と覚悟した。
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