幼なじみと帰る場所〜照れ屋な年下男子は人生の設計図を描く
第7話 そして二人が帰るのは
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定時で退社した私は、まだ明るさの残る街角に立っていた。高い空は淡い茜色に染まっている。
タタタ。
軽い小走りが後ろから聞こえた。振り向くと、はにかみながら片手を上げる悠真。
「よ。お待たせ」
「ううん、さっき来たとこ」
今日は悠真と外で待ち合わせだった。突然「どこかで会えないか」と連絡が入ったのだ。
私の会社の最寄り駅まで来てくれた悠真は珍しそうにあたりを見回した。
「由依が勤めてるの、こんな感じのとこか……どこかオススメの店ある? 俺もいちおう調べたけど」
「うーんと……食事? それとも飲みたい?」
「そうか。由依、お酒いけるんだ」
「そりゃまあ普通に。でも悠真もお酒飲めるんだよね、そういえば」
顔なじみだったのは小中時代。再会してからも実家のカフェで仕事ばかりしていた私たちは、互いがアルコールをたしなむことすら知らない。
なんだかおかしくなってしまい私と悠真は笑い出した。
「俺たちもう大人だったな。いつの間にかさ」
「ほんと。悠真すごくカッコよくなったしね」
「――っ!」
サラッと言ってみた。やっぱり悠真は照れて顔をそむけてしまう。
(ふふ、これは仕返し。私のこと、美人になったって話題にしてくれたんでしょ?)
おばさんの暴露話、聞かされた時は恥ずかしかった――でも、すごく嬉しかったのも正直なところ。
「由依がよければ、そんなに飲むって感じじゃない店で」
「居酒屋じゃなく?」
「ああ。アルコールの力を借りるとかしたくないから。そんなの情けないだろ?」
ドキンとした。それは……何か話があるってことだよね。
匂わせをした悠真は、それ以上は口をつぐんでしまう。スマホを出して候補の店を見せてくれた。
一緒にのぞき込みながらその距離の近さに心臓がうるさくなる。私は必死に平静をよそおった。
「――あ、ここ。行ってみたいって思ってたお店」
「じゃあそこにするか」
「うん……でも悠真、わざわざ外で会おうなんて」
どうして? と見上げた私は、少し不安だった。ぎゅっと胸を押さえる。
(――私、悠真のこと好きになってるよね。ちゃんと認めよう)
今日これから悠真が何を言おうとしているのか、期待もするけど怖くもあった。
すると悠真も、やや緊張気味に私を真っ直ぐ見る。
「だって――〈laurel〉だと母さんたちがいるし。由依に、話したいことがあるんだ。いい返事もらえるか自信ないけど」
私をみつめるまなざしは揺れている。でもとても甘かった。もう無理、心臓が壊れそう。
「それ――今ここで聞いちゃ駄目?」
いっそとどめを刺してほしくて、私は気弱な声を出した。悠真がカアッと赤くなる。
「え――その。俺」
私たちは道ばたで立ち尽くす――――。
それからの景色は、はたから見たらどんなだったかな。
夕暮れる街で言葉を選ぶ男。うなずく女。
――黄昏に、隠しきれない幸せ。
私たちは歩き出す。初めてのデートへ。
その先にどんな景色が広がっているのか、まだわからないけど。
でも悠真が隣を歩いているなら、きっと悪くならないはず。私たちには帰れる場所もあるんだもの。
幼なじみだった私たちが出会い直したカフェ、〈laurel〉。
ローレル――月桂樹の葉が描かれたあの店は、たぶん変わらぬ安らぎを私たちにくれると思う。だってその花言葉は「不変」「輝く未来」。
あそこが二人の始まりの場所――そして、これからを描く場所だった。
了


