一夜から始まる、不器用な魔術師の溺愛
「気にするな。」

低い声がそう囁いて、私の背を軽く押した。

胸がまた、熱くなる。

一番奥の部屋に通された。

中は質素で、洗面台と広めのベッドがあるだけ。

「ええっと……シャワーは……」

そう口にすると、彼は片眉を上げて微笑んだ。

「入る?」

初めての時に、汗臭いなんて嫌だ。

私はこくりと頷いた。

彼は宿主に追加の金を払い、奥のシャワー室を借りてくれた。

「一緒に入ってもいい?」

さらりと聞かれて、思わず息を呑む。

(まさか二人分の代金を払っていたなんて……)

「……うん。」

小さな声で返すと、彼は満足そうに笑った。

脱衣所に入り、黒いワンピースに手をかける。

この国で魔女といえば、必ずこの黒衣を纏う。

守りでもあり、誇りでもある——

けれど今は、ただ重たく感じられた。

布を肩から滑らせるたび、背筋がひやりとする。

(なんで魔女って、黒のワンピースなんだろう……)

自嘲めいた思いが胸をよぎる。
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