ハイスペ男子達の溺愛が止まりません!

9,やっちゃった!

七星学園は県内の中学で1番の敷地面積を誇る。
そんな学園の郊外の見回りともなれば、それはそれは広範囲に渡るわけで……。
私と緑川くんは見回りを始めてからもう20分近くが経過していた。
それでも、三等分したエリアの半分も終わっていない。
これ、終わるのかな……?
そんな考えがよぎり始めた頃。
「少しだけ、寄り道しても良いかな?」
十字路に差し掛かったところで緑川くんが振り返ってそんなことを聞いてきた。
「うん、大丈夫だよ!」
体力的にはまだ余力があるし、特に断る理由もなかった私は頷いた。
気分転換になるかも!
むしろプラスに捉えたので、上機嫌で返事をした。
「ありがとう。」
緑川くんはそう言って進み始める。
ここら辺、来たことがあるのかな?
その迷いのない足取りから、知っている道なのだろうとなんとなく思いながら私も後に続いた。
「ここ、公園……?」
しばらく住宅街を歩いて着いたのは、ブランコとベンチが申し訳程度に置かれている小さな公園だった。
「そう。……やっぱりいない、か。」
公園を一目見て、緑川くんは残念そうに肩を落とした。
「誰かを待ってるの?」
首を傾げて聞くと、「まあね」という返事が返ってくる。
その声はいつもよりトーンが低かった。
「……あっもしかして、さっき言ってた好きな子、とか?」
私は場を盛り上げようと、明るい声を出す。
「……よくわかったね。」
そんなわけないだろと苦笑されると思っていた緑川くんの口から肯定の言葉が聞こえ、私は固まった。
えっ、ええ……!?
驚いて後ずさる。
「あはは、なんで白雪さんがビックリしてるの。驚いたのは俺の方なんだけど。」
「いや、だって!まさかあってるとは……って、えぇ?」
もう最後はぐだぐだで、信じられないというように瞬きをする。
一方緑川くんは、驚いてると言いながら表情の変化はそこまでなかった。
本当、ポーカーフェイスが過ぎる。
好きな子、そっか。
名前すらわからないんだっけ?
「……ならもしかして、ここがその子と会った場所なの?」
唯一の手掛かりだからこうやって来てる、とか?
どうやら私の予想は当たっていたようで、緑川くんの目が見開かれる。
「そう。ここが初めて会って、初めて恋をした場所。その子の名前も住んでるところも何もわからないから、出会ったこと場所に定期的に来てるってわけ。」
「……まぁ会えた試しはないけど。」そう付け加える緑川くんの瞳は寂しげで、私の胸もぎゅっと締め付けられる。
「絶対、会えるよ!」
励ましたいという気持ちももちろんあった。
だけど、緑川くんのその表情をそれ以上見たくないって思いが強くて、私は気付けばそう口にしていた。
無責任な言葉なのに、緑川くんは笑ってくれる。
多分私の勢いに押されたんだろうけど。
それで2人で笑い合って、なんとなく柔らかい雰囲気が流れたことで、私はほっと息をついた。
「お、ラッキー。いるじゃん七星。」
「……!」
そんな雰囲気をぶち破るように嫌な声が響いた。
悪意の籠った視線に咄嗟に振り返る。
最近はなかったから、完全に気を抜いてた。
「カップルか?にしては不釣り合いだなぁ?」
1番前にいた明らかに人相の悪いその人が笑う。
「言えてる。ねぇ俺たち今金欠なんだけどさ、」
そこで区切って、まるで威嚇するかのようにゴキゴキッと腕を鳴らした。
「お金、貸してくんね?」
その瞬間に理解した。
この人たちがカツアゲ犯なのだと。
さっきの七星って言葉、それからこの定番のセリフ。
多分間違いない。
私はすぐに対応できるように体制を整えた。
緑川くんはスッと私の前に立ち、背中に庇ってくれる。
そして私に何もしたらダメだというように首を振って、不良達に向き直った。
「あいにく、君たちに貸せるお金は持ち合わせていないかな。」
刺激しないようにあくまでも淡々と。
緑川くんは言葉を選んでいるようだった。
「んなわけないだろ!七星はお金持ち校だからな。」
緑川くんの言葉にさらに声を張り上げる。
それが、七星学園の生徒が狙われてた理由……。
呆れるほど単純で、でも納得してしまった。
そりゃあ、確実にお金を持ってる人を狙うよね。
彼らにとって七星というブランドはわかりやすい目印のようなものだったのだ。
1、2、3……6人、か。
緑川くんの後ろで相手の出方を伺いながら人数を数えた。
数で脅してたんだ……なんて卑怯なの。
グッと拳に力が入る。
「……そんなことを言われても、持ってないものは無いとしか。」
「嘘つけ!……なるほどな、よっぽど痛い目に遭いたいようだ。」
その言葉と共に、ザッと地面を蹴って一気に距離を詰められる。
「……っ、白雪さん逃げて!」
緑川くんは後ろにかわしながら、私に叫んだ。
……どうしたら。
目の前で繰り広げられる光景に、私は身動きが取れなかった。
緑川くんは次々に相手の攻撃を避けていく。
さすがエースというべきか、運動神経は抜群だった。
でも……。
なんだか違和感を覚える。
緑川くんが押されてる……?
攻撃は一回も当たってないのに、なぜだかそう思ってしまう。
「白雪さん、何やってるの!早く逃げて!」
時間を稼ぐからと続きそうなその言葉に、ハッとする。
そうだよ、私がここにいても戦わないんじゃ緑川くんの障害になるだけ。
なら、逃げた方が……。
そこでようやく違和感の正体に気がついた。
っ、緑川くん、攻撃して……ない。
なんで?
避けるだけじゃやられちゃ……あっ!
『カツアゲかぁ。俺が相手なら返り討ちにしてやるけどな。』
『新、それじゃあ傷害事件でしょ。停学喰らいたいの?』
『……くっ、それは困る!大会出れなくなるじゃん!』
傷害事件になるから……!
2人のやりとりを思い出した私は、半歩後ろに出した足に力を込めた。
逃げちゃ、ダメだ。
緑川くんはバスケ部のエース。
いわばバスケ部に必要な存在。
好きな子の為に始めたって言ってたけど、それだけでここまで上り詰められるわけがない。
きっとたくさん練習して、たくさん時間をかけてここまで来たんだ。
それを……それをこんなことで台無しにするわけにはいかない!
「白雪さん!?早く……」
緑川くんがこちらを向いた瞬間、どこから取り出したのか不良の1人がバットを振り下ろそうとしているのが目に入った。
その刹那。
考えるよりも先に、体が動く。
「……ぐっ」
私の蹴りが見事にクリーンヒット。
バットを振り下ろしたはずの男が緑川くんと反対方向に飛ばされる。
「……っえ」
痛みを覚悟していた緑川くんから驚きの言葉が漏れる。
「なんだこいつ!?……おい怯むな!一気にかかるぞ!」
5人一斉に私に飛びかかって来た。
だけど次の瞬間には私の周りに横たわる不良の姿。
「……ふぅ」
急所は外したから大丈夫だと思うけど……。
気絶している5人を確認して、安堵の息を吐く。
「全く、もう悪さしちゃダメだよ?」
まだ意識のある1人にそう告げると、ものすごい勢いで首を縦に振られた。
よし、これで大丈夫かな。
「白雪、さん……?」
緑川くんの戸惑うような声が後ろから聞こえる。
……さて、この状況をどうしよう!?
いやいや、だって緑川くん危なかったし、あの状況で見捨てるなんて私にはできない……。
そもそもこの不良達がカツアゲしたのが悪いんだよね!?
私はそれに対処しただけで……。
いやまぁ暴力に訴えたのは悪いことだし……。
これ、正当防衛にならないよね?
明らかにやりすぎだよね?
というか、絶対緑川くんに引かれた……!
どうしよう、振り返れない!
それに、もしまた……
「白雪さん?」
一向に目を合わせようとしない私をどう思ったのか、緑川くんはもう一度私の名前を呼ぶ。
「……っ、何かあったら私がやったって言って下さい!それじゃあ用事があるので私はこれで!」
私は拒絶されるのが怖くて、何かを言われる前に早口でそう告げる。
「えっ、白雪さん!?待って……!」
そして、緑川くんの静止も聞かずに急いでその場を後にしたのだった。
だから、
「……やっと見つけた」
口元を押さえて笑みを浮かべる緑川くんの言葉が私の耳に届くことはなかった。
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