ハイスペ男子達の溺愛が止まりません!

5,“S5”

「キャー!緑川くーん!」
「やばい!こんな近くで見れるなんて」
「桃瀬くん可愛すぎ!」
女子の黄色い歓声の中、私は集団から少し離れて後に続いていた。
まさか教室を移動するだけで、こんなに騒がれるなんて……。
チラッと前にいる5人を盗み見る。
まるでそこだけスポットライトが当たっているみたいに輝いている。
もう女子の目はハートになっていて、思い思いのメンバーへ声を上げていた。
アイドルのフェスを彷彿とさせるその盛り上がりに思わず遠い目をしてしまう。
「あの女、誰?」
いきなり焦点が私へと移りドキリとする。
「あー、特Sの人だよ。」
「えー?それにしてはさぁ……」
その言葉の先が容易に想像できて、ぎゅっと教科書を握りしめた。
「地味だよね」
嘲笑と共に馬鹿にするような言葉が聞こえてきて、私は下を向く。
……わかってた。
人気者の5人と一緒にいたら、こうなるって。
……仕方ないじゃん、同じクラスなんだから。
私は心の中で反論する。
言葉に出せないのも、堂々と隣を歩けないのも、私が弱いから。
そんなのとっくにわかってる。
こんなに近いのに。たった数歩の距離なのに、5人の背中はやけに遠かった。
自然と足が止まる。
「白雪、どーした?遅れるぞ。」
後ろから足音が聞こえなくなったからか、振り返った赤羽くんは私の瞳を覗き込んで声をかけてくれる。
「キャー」
今度は違う意味で悲鳴が上がった。
女子からの視線がさらに鋭くなる。
赤羽くんが気にかけてくれたのは正直に言って嬉しかった。
だけど、手放しで喜べない私がいて、うまく返事ができない。
「……俺さぁ」
赤羽くんは私をじっとみた後、再び前を向いて口を開いた。
「平気で悪愚痴言うやつ、無理なんだよね。」
誰に言うでもないその言葉はやけにはっきりとしていた。
普段からは想像できないきつい物言いに、女子の何人かがぐっと押し黙るのがわかる。
「ほら、早くしないと置いてくぞ。」
照れ隠しなのか頭をかきながら、赤羽くんは4人の元へ戻っていく。
その頭をよくやったと言わんばかりに緑川くんがくしゃっと撫でたのが見えた。
私は躊躇いがちに後に続く。
でもさっきとは違い、心は晴れ晴れとしていた。
だから、気づかなかったんだ。
私のことをものすごい顔で睨んでいる人がいたことに……。
 
 *
 
「……っ」
ドンっと突き飛ばされて、壁に体がぶつかる。
背中と肩に痛みを感じて顔を顰めた私を、加害者であるポニーテールの女子は見下すようにして腕を組んだ。
「私、言ったよね?“S5”には近づかないでって。」
既視感のあるこの状況に、私は痛みを堪えながら立ち上がった。
本当は避けることだってできた。
でもそれをしなかったのは、さらに反感を買って行動がエスカレートするのを避けたかったから。
「特Sだかなんだか知らないけど、あなたみたいな地味女、“S5”が相手にするはずもないんだから調子に乗らないでよね!?」
「そうよそうよ」と周りの女子の同意を得たことで機嫌を良くしたのか、肩にかかったポニーテールを後ろに払った。
“S5”……それは、あの5人の総称だ。
特待生SとSクラスのどちらにも共通しているアルファベットを取り、そこにメンバーの人数を組み合わせた“S5”。
入学してたった2週間足らずで女子達のハートを鷲掴みにした5人はもはや学校のアイドルとなりつつあった。
同級生はもちろん、先輩までもが“S5”に夢中。
もはや私のクラスメイトは時の人となってしまっわけだ。
緑のエメラルドのように輝く髪に王子様のような品を纏った緑川 春翔くんは正統派イケメンで嫌いな人はいないだろう。
さらにはバスケ部のエースで頼り甲斐があると男子からの人気も絶大だ。
赤く情熱的な瞳を宿した赤羽 新くんは明るくてフレンドリー。
誰とでもすぐに打ち解けるそのコミュ力の高さから、仲良くなりたいと思う女子も多い。
こちらもサッカー部で大活躍の期待の新人だ。
青く冷たい雰囲気の青柳 煌くんは、その並外れた頭脳と頭の回転の速さから、大人しい女子に人気がある。
本人はくだらないと一掃しそうなので表立ってのファンは少ないが、他の4人に負けず劣らずの人気を誇る。
大人しく無口な橙山 奏真くんは、普段とは裏腹にピアノのダイナミックな演奏が人気のイケメンだ。
中性的な顔立ちと何を考えてるのかわからないその瞳が人気の理由らしい。
最後は桃瀬 玲央くん。
彼は女子顔負けの可愛さとあざとい仕草から特に先輩方から絶大な人気がある。
小悪魔的な雰囲気も魅力を後押ししてるらしい。
……とまあこんな理由で、私のクラスメイト達は芸能人のような扱いを受けている。
だから、近くにいる女子を気に食わないと思うのも、排除したいと思うのも当然と言えば当然で……。
目の前でキッと私を睨む女子……確か鈴原 美穂さんを私は真っ直ぐに見つめ返した。
「なにっ!?文句でもあるの!?」
反抗的な態度が気に入らなかったのだろう。
鈴原さんはさらに距離を縮めて、圧力をかけてくる。
私はもう、何も言えなくなってしまい、固まった。
どう、しよう……。
足が鉛でできたように重くなって、思うように動かない。
鈴原さんが怖いわけではなかった。
ただ、この状況が……、誰かに囲まれて一身に視線が集まるこの状況がある出来事を思い出させてしまい、私の体は硬直してしまう。
「何か言いなさいよ!」
鈴原さんが手を振り上げたのが見えた。
叩かれる……!
咄嗟にそう判断した私はぎゅっと目を瞑り、なるべく痛くないよう口を結んだ。
「……へぇ、裏ではこんなことしてたんだ?」
だけど痛みが訪れることはなく、代わりにと言ったように低い背筋が凍るような声が聞こえて、そっと目を開ける。
「緑川、くん……」
その声の主が分かるや否や、女子達の顔色が悪くなったのが視界の端に映った。
「ち、違うの!これは——」
「俺は君が白雪さんを叩こうとしていたのを見てたよ。それでも違うって言えるんだ?」
すぐに取り繕うとした鈴原さんだったが、もう手遅れのようで、緑川くんの冷たい物言いにぐっと言葉を詰まらせてしまった。
「通りで白雪さんが俺達と話してくれないわけだ」なんて言いながらこちらへと足を進める緑川くん。
もう女子達の顔は真っ青で、怒った緑川くんのあまりの迫力に動けないようだった。
「ねぇ……これが学園側にバレたらどうなるかわかってる?」
その口調はまるで幼子に言い聞かせるようだった。
それなのに何処か恐ろしさを兼ね備えていて、ビクッと女子達が震えたのがわかった。
「……っ、どうか言わないで……っ」
それでも声を振り絞ったのか、掠れた鈴原さんの言葉が緑川くんの背中越しに聞こえる。
緑川くんは私と女子達との間に入って、私を庇ってくれているような構図だ。
「うん。君達がこれから白雪さんに手を出さないって約束するなら、俺からは何もしないよ。」
その言葉に全員がコクコクと勢いよく頷いた。
だけど、「……あとは白雪さん次第だけど」なんて最後に私を名指しするものだから、一気に視線が集まる。
「……私も、金輪際関わらないって約束してくれるならそれで……」
「らしいよ。」
緑川くんに視線を向けられた女子達は「もうしません!」と言った後、走ってどこかへ逃げてしまった。
大きく息を吐いて、ようやく落ち着きを取り戻す。
「……あ、れ?」
安心したからか、急に足に力が入らなくなってしまった。
「大丈夫?」
慌てて支えようとする緑川くんを手で静止させ、震える足でなんとか踏みとどまった。
「……怖かったね」
そう言って、緑川くんは優しく頭を撫でてくれる。
「……っ」
その暖かさに目頭が熱くなった。
「大丈夫、大丈夫だよ。」
さっきまでとは打って変わって優しいその口調に、堪えていた涙が頬を伝う。
……これ以上、迷惑なんてかけたくなかったのに。
どうして。どうして涙が止まらないの……?
緑川くんは私が泣き終わるまでずっとそばにいてくれた。
私は何もしてあげれてないのに。
むしろ酷い態度を取っていたはずなのに……。
「……ごめん、なさ……」
上手く口が回らずつっかえながらも謝罪する。
迷惑をかけてごめんなさい。
今まで冷たい態度でごめんなさい。
言いたいことはいっぱいあるのに、言葉が出ない。
そんな私をどう思ったのか、
「白雪さん」
不意に名前を呼ばれて、何を言われるんだろうと顔を上げる。
「こういう時は、『ありがとう』だよ?」
緑川くんはニコッと笑ってそう言った。
その笑顔がちょうど雲の隙間から差し込んだ太陽の光を浴びて、とても輝いて見えた。
「ありがとう!」
緑川くんの言葉が嬉しくて、私は笑顔になってお礼を言った。
「……うん」
ふいっと顔を逸らした緑川くんの頬がほんのりと赤く染まっていたように見えた。 
 
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