年下社長と秘密のシングルマザー

7・年下社長と秘密の恋【最終話】

 翌朝、保育園で柚を預けた後、田辺さんとばったり会ってしまった。
 
「あ……」

 気まずい空気が一瞬流れる。
 しかし彼は、会釈だけしてそそくさと行ってしまった。
 少しだけ心にしこりは残ってしまったけれど、ようやく日常が戻ったのだと思うと、張りつめていたものがすとんとほどけていく。
 そして──心が緩んだ瞬間、胸の奥に残ったのは、あのとき守ってくれた社長の面影だった。

 *
 
 その日の執務室では、そわそわして落ち着かなかった。
 昨日のことを思い出すと、頬がじんわりと火照ってしまう。
 デスクで仕事をしながら、つい社長の横顔を盗み見てしまう。
 けれど彼は、なにもなかったかのように淡々と書類を捌き、涼しい顔ををしている。
 こんなにドキドキしているのは、私だけ……?

 でもそういえば、以前社長に告白されて、返事を保留にしたままだった。
 社長は今でも、返事を待ってくれているのだろうか……?
 あのとき勇気を出して想いを告げてくれたのに、ずっと答えを曖昧にしたままなんて、卑怯だ。
 彼が()ってくれたのだから……今度は私が応えなきゃ。
 
 意を決して、私は高槻社長の前に立った。
 
「社長……。この間のお返事って、まだ有効でしょうか?」
 
 私の問いかけに、彼は一瞬きょとんとしたあと、すぐに口元をほころばせた。
 
「もちろんだ」
 
 嬉しそうに目を細めるその表情に、胸の奥がくすぐったくなる。
 けれど彼は、すぐに真剣な色を宿し、そっと私の手を握った。

「でも……待って。もう一度、俺から言わせてほしい」
 
 温かい掌に包まれた瞬間、まるで小さな花がそっと咲きほころぶように、心がふわりとほどけていく。
 彼のまっすぐな視線が、私を逃がさない。

「佳織さん。結婚を前提に、俺と付き合ってください。……君のことを知るほどに、もっと好きになっていったんだ。働きぶりも、母親としての強さも、家庭的な一面も……全部、俺には眩しかった」
 
 そんな風に言ってもらえるなんて。
 胸がいっぱいになって、思わずうつむいた。
 涙が出そうで、うまく言葉が出てこない。

「……はい。私でよければ」
 
 掠れた声でそう返すと、彼は安堵したように微笑んだ。
 
「ありがとう」
 
 そう言ったあと、少しだけ悪戯っぽく眉を上げる。
 
「大々的に発表してしまおうか。社内に、俺の婚約者だって」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいです……!」
 
 頬を赤らめて抗議すると、彼は楽しそうに笑い、そっと耳元に唇を寄せる。
 
「わかった。じゃあしばらくは……これは新しい、“二人だけの秘密”にしておこう」
 
 囁き声がくすぐったくて、心の奥に甘い熱が広がっていく。

「今日も柚くんを迎えに、一緒に行ってもいいか……?」
「はい。でも社長……今日はスケジュールがいっぱいです」
「よし、これとこれは午前中に片付けよう。午後からの来客対応が終われば、なんとか間に合う……!」
 
 必死に調整しようとするその姿に、思わずくすりと笑ってしまう。
 まるで、立場が逆転したみたいで。
 大企業の社長なのに、今はただ柚のことを一番に考えてくれている。
 その真摯さが、どうしようもなく愛おしかった。
 
「わかりました。私もお手伝いします」
 
 そう答えると、彼はほっとしたように微笑み、そっと私の手を取る。

「……ありがとう。これからはずっと、隣にいてくれ」
 
 お互いの指先は冷えていたけれど、重ねることでじんわりと温かくなっていく。
 ──ああ、この人となら。
 柚と私の未来は、仕事も恋も、きっと輝いていく。
 それはまるで、新しい家族のかたちが芽生える瞬間のようだった。


─ 完 ─
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