甘く苦く君を思う
それ以来、彼は「ル・ソレイユ」に客として姿を見せるようになった。
駅まで送ってもらった時にパティスリーで働いている話をちらりとしたのを覚えていたようで私のハンカチを返しながら訪れた。
私も彼のハンカチを返さなければならないが、その日に限って持ってきておらず、また今度となった。
意外にも彼は甘いものが好きなようで、週に1回は訪れるようになっていた。毎回違うケーキを頼んでは丁寧に味わって感想を述べてくれる。

「今日のおすすめは?」

私がちょうど店頭に立っている時に昴さんは訪れ、平然と私にそんなことを聞いてきた。

「……お客さんがそんなことを聞くのはずるいです」

「だって作った人に直接聞きたいんですよ」

「もう……」

軽口を交わすその時間がなんだか心地よくて、内心彼が来るのを待っている自分がいた。

「今日のタルト、酸味がいいですね。大人っぽい」

今日はレモンタルトで、レモンクリームやレモンカードを詰め込んだタルトになる。日本ではそこまでではないが、本場フランスだと定番と言われるものだ。爽やかな酸味とバターのコクのバランスが絶妙で、基本中の基本だからこそ難しい。

「それは気にいってもらえた、と言うことですか?」

「僕は率直な感想を言いたいタイプなんです」

 笑いながら彼はそう言った。彼の素直すぎる物言いに最初は面食らったが、不思議と嫌悪感はなかった。むしろ彼の言葉から次のアイデアのヒントになりそうなことさえあった。多くを語らなかったが、誠実さがにじみ出る人だった。
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