甘く苦く君を思う
それは彼がしつこく追いかけてくる恐怖ではない。彼に会えば心が揺らいでしまうことが怖かった。
母として渚を守らなければいけない。あの子が傷つくことのないように彼の両親の目に留まらないように遠ざけたい。
でも……1人の女としてまた彼に会いたいと思ってしまう自分がいた。過去に裏切られた痛みを今でも覚えているのに、こうして心配でこっそり家まで見に来てくれる優しい彼に私の心は揺らいでしまう。

「もう、こういうのはやめて」

震える声で彼に伝える。すると彼はしばらく黙っていたが、真剣な言葉を続けた。

「わかっているんだ、迷惑かもしれないって。でももう2度と君をひとりにしたくないんだ。沙夜のことも渚ちゃんのことも守りたいんだ」

その一言に心が揺れる。同情や責任感だけではない。あの日、信じきれなかった後悔と今の彼の決意が込められたような声に心が震えた。彼の言葉に期待してしまいたくなる。でもまた裏切られるのが怖い。思わず唇を噛み締めると視線を逸らした。
< 74 / 105 >

この作品をシェア

pagetop