甘く苦く君を思う
「……今さらどうして」

やっと絞り出した声は震えていた。そんな私の様子を渚は不思議そうに見つめていた。
母親は目を伏せるとかすかに唇を噛み、

「あの時は息子の幸せを思ってのことだった。あのままなんの後ろ立てもないあなたと一緒になっても苦労するのは目に見えていたから。でも、それは私たちの勝手な思いこみだった」

その言葉に続くように彼の父親も口を開く。

「昴に言われたんだ。社員の幸せを考えるのは自分の仕事だと。でも自分も幸せになってはいけないのか、と問われたんだ。私たちが昴のためにと思ってしたことは息子を苦しめることになっただけだったとようやくわかったんだ」

彼の幸せ……。それを両親は望んで私の元にやってきたんだ。この大きな会社を牽引する彼の将来のために私ではない人を選ぶべきだと。その気持ちは今なら少しはわかる。私だって渚には幸せでいてほしい。いつでも笑っていてほしい。少しでも将来に不安があるのなら私が排除してあげたい。そんな親心だったのかもしれない。
でもそのせいで私はどれほど傷ついたかと思うと悔しくて悲しくて涙が込み上げてくる。

「おかえりください……」

地を這うような低い声が絞り出される。私だって親になり、、親心がわかるようになった。でも、すみませんで許されるような話ではない。
そんな私の様子に彼らは顔を見合わせていた。

「今日は突然でごめんなさい。また改めて来させてください」

そう言うとふたりは帰っていった。
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