陰キャな彼と高飛車な彼女 隠された裏の顔
「そうよ。どうせ親の言いなりになるみたいで、癪じゃない? それに母親や村の女性たちのようにはなりたくない。妻を守れない夫もいらない」
「……それでオタクに徹するってわけか」
「そうそう。二次元の推しのセイ君と結婚したほうが、よっぽどマシかも」
軽口のつもりで笑った夏來。けれど星川は、その笑顔の奥に、小さく滲む黒い涙のような孤独と絶望の影を見逃さなかった。
(推しが“セイ君”? よりによって俺じゃないか。モデルが俺だなんて皮肉なもんだ……。それに計算高い高飛車女? 違うな。こいつはただ、不器用に真っすぐなだけだ)
なぜか泣きたいのを必死に我慢している幼い夏來の姿が脳裏に浮かぶ。珍しく胸に一筋の鈍い痛みが走る。その瞬間、彼の胸に小さな芽が生まれた――庇護欲。夏來を守りたいという、初めての感情だった。
(小さい頃からずっと自分を守り続けたんだろう。本来なら両親が、家族がこいつを守るべきだったのに。しかし俺がなんで感傷的になってんだよ……)
夏來は肩をすくめて、強がるように話を続けた。
「まあ、仕事してるし、結婚せずに推し活で好きなように暮らすのも悪くないわね。
だからもっと頑張って契約とってこないと。
でも職場では、そのうち『お局麻生』って呼ばれて、煙たがられるんだろうけど……」
「おまえらしい人生設計だな。いいんじゃないか、そんな人生も」
驚いたことに、星川の声はいつになく柔らかかった。
「……それに、おまえはもう十分頑張ってるよ」
予想もしなかった言葉に、夏來は思わず息を呑む。胸の奥底に滞っていた冷たい空気が、じんわりと温かさに変わり広がっていく。
それは、過去という檻に閉じ込められて止まっていた時間が、ようやく動き出すような感覚だった。
けれど、これ以上見つめていたら、きっと自分がどうにかなってしまう。慌てて視線を逸らし、思い出したように口を開く。
「……そういえばさ。あんた、なんで『流星5』の非売品バンドエイドなんか持ってんのよ?」
「フッ……まあ、一種の推し活みたいなもんだな」
さらりと受け流して、コーヒーを口に運ぶ星川。何でもない仕草のはずなのに、夏來の心臓はドキリと跳ねた。
それは冷たい氷の刃で刺された痛みではなく、胸の奥を温める熱。氷の檻が、その熱でゆっくりと溶けていくようだった。
思わず両手で紙カップを握りしめ、隣の横顔を盗み見る。
(……バカじゃない。たかがあいつの一言で、こんなに胸が熱くなるなんて。陰キャ・星川のくせに)
心の中で呟いた瞬間、池の水面を風がふわりと吹き、色とりどりの秋の葉が宙に舞った。
柔らかな午後の陽射しは二人を包み込み、これまで平行線だったはずの距離が、少しずつ近づいていくのを予感させた。
「……それでオタクに徹するってわけか」
「そうそう。二次元の推しのセイ君と結婚したほうが、よっぽどマシかも」
軽口のつもりで笑った夏來。けれど星川は、その笑顔の奥に、小さく滲む黒い涙のような孤独と絶望の影を見逃さなかった。
(推しが“セイ君”? よりによって俺じゃないか。モデルが俺だなんて皮肉なもんだ……。それに計算高い高飛車女? 違うな。こいつはただ、不器用に真っすぐなだけだ)
なぜか泣きたいのを必死に我慢している幼い夏來の姿が脳裏に浮かぶ。珍しく胸に一筋の鈍い痛みが走る。その瞬間、彼の胸に小さな芽が生まれた――庇護欲。夏來を守りたいという、初めての感情だった。
(小さい頃からずっと自分を守り続けたんだろう。本来なら両親が、家族がこいつを守るべきだったのに。しかし俺がなんで感傷的になってんだよ……)
夏來は肩をすくめて、強がるように話を続けた。
「まあ、仕事してるし、結婚せずに推し活で好きなように暮らすのも悪くないわね。
だからもっと頑張って契約とってこないと。
でも職場では、そのうち『お局麻生』って呼ばれて、煙たがられるんだろうけど……」
「おまえらしい人生設計だな。いいんじゃないか、そんな人生も」
驚いたことに、星川の声はいつになく柔らかかった。
「……それに、おまえはもう十分頑張ってるよ」
予想もしなかった言葉に、夏來は思わず息を呑む。胸の奥底に滞っていた冷たい空気が、じんわりと温かさに変わり広がっていく。
それは、過去という檻に閉じ込められて止まっていた時間が、ようやく動き出すような感覚だった。
けれど、これ以上見つめていたら、きっと自分がどうにかなってしまう。慌てて視線を逸らし、思い出したように口を開く。
「……そういえばさ。あんた、なんで『流星5』の非売品バンドエイドなんか持ってんのよ?」
「フッ……まあ、一種の推し活みたいなもんだな」
さらりと受け流して、コーヒーを口に運ぶ星川。何でもない仕草のはずなのに、夏來の心臓はドキリと跳ねた。
それは冷たい氷の刃で刺された痛みではなく、胸の奥を温める熱。氷の檻が、その熱でゆっくりと溶けていくようだった。
思わず両手で紙カップを握りしめ、隣の横顔を盗み見る。
(……バカじゃない。たかがあいつの一言で、こんなに胸が熱くなるなんて。陰キャ・星川のくせに)
心の中で呟いた瞬間、池の水面を風がふわりと吹き、色とりどりの秋の葉が宙に舞った。
柔らかな午後の陽射しは二人を包み込み、これまで平行線だったはずの距離が、少しずつ近づいていくのを予感させた。