陰キャな彼と高飛車な彼女 隠された裏の顔
 そこにいたのは、同期の営業部・広田勇樹(ひろた・ゆうき)と夏來。二人の間には、目に見えるほど緊張と、不穏な空気が漂っていた。

 広田は営業マンというより、学生気分が抜けない男だ。『手抜き』とか『軽い』といった言葉がよく似合う。口は回るが、どこか軽薄で重みがない。何もかもが中途半端。
その結果、営業成績も振るわず、女性で成果を上げている夏來を疎ましく思っている。

 給湯室に入った彼女を見つけ、またいつものように嫌味をぶつけていたのだ。

 人の気配に気づき、振り返った広田の肩がピクリと跳ねる。入ってきたのが星川だとわかり、引きつった笑みを浮かべた。

 (……こいつ、案外小心者だな)


 「な、なんだよ、星川か。びっくりさせんなよ」


 ヘラヘラ笑う広田を、夏來は蔑む目で見据える。星川は冷ややかな低い声で言葉を返した。


 「驚くってことは、やましいことをしていた証拠だろ」


 広田の顔が赤くなり、引きつった。慌てて場を取り繕うように、星川へ同意を求める。


 「ど、同期の星川も思ってるだろ。麻生が汚い手で契約取ってるって!」


 「--あんたの妄想だけで嘘つくんじゃないわよ」


 夏來が腕を組み、噛みつくように言い放った。


 「乏しいのは想像力だけじゃない--あんたの営業成績もでしょ」


 (冗談じゃない。あたしは仕事で手を抜いたことなんて、一度だってない!)

 広田は逆にそれを面白がるように、さらに神経を逆撫でする。


 「これだから勘違い女は! 俺だって苦労して契約取ってんだよ。女はどう足掻いても男に勝てねぇんだ。必死に働いてるフリしてても、色目で契約取ってんだろ? しかも可愛げがねぇんだよ、おまえは! 女のくせに!……だから松本主任にも相手にされず、結婚もできずに行き遅れてんだ!」


 吐き捨てるような言葉に、夏來は息が詰まり、声が出なくなった。胸の奥がズキッと痛む。

 (母親みたいになりたくなくて……地元の女性たちのようにはなりたくなくて……
必死に頑張ってきたのに。成果を出せば認めてもらえると思っていたのに……)

 思わず俯いた夏來の頭には流星5の歌が流れる。

 ――流星を追いかけて

 無意識に自己防衛をしているそんな彼女の耳に、広田の嘲笑混じりの声がなおも突き刺さる。
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