陰キャな彼と高飛車な彼女 隠された裏の顔
 「なあ、そう思うだろ? 星川!」

 「……そういう発想しか出てこないから、お前は契約が取れないんだよ。お遊びで仕事してるおまえが、麻生に勝てるわけないだろ」

 「……はあ!? なんだとテメェ!」


 広田はいつもそうだ。領収書は期限を破って平気で出すし、営業先に行く前の下調べもしない。何もかも手を抜いて、それでも平気な顔をしている。契約が取れるはずもない。

 その一方で夏來は違う。徹底的に調べ、相手のニーズを掴んで提案する。その差が数字に出ているだけだった。

 逆上した広田が星川の肩を掴み、壁に押し付ける。衝撃で髪が揺れ、眼鏡をかけていない星川の目が、ふと夏來と合った。


 「あっ……!」


 夏來は大きく目を見開き、思わず声を漏らす。慌てて口を手で塞いだ。

 (この目……あたし、知ってる。
 思い出した! ──アニメライブの日、廊下でぶつかった、あの男性『ダダ漏れフェロモンの生身のセイ君』)

 星川はすぐに視線を広田へ戻し、低く言い放った。


 「……お前さ。全部、録音してあるんだよ。この暴言、人事に出したら終わりだぞ」


 広田の顔色が一瞬で青ざめ、口をあんぐり開けて数秒黙り込む。何事にも中途半端な彼は、今回もやはり同じだった。ドアをきちんと閉めなかったせいで、暴言は廊下まで筒抜け。さらに録音まで突きつけられて、顔を引きつらせながらも負け惜しみを吐き捨てる。


 「ちくしょう……! 陰キャ男と高飛車女のくせに!」


 乱暴にドアを開け、足音を荒く響かせて去っていった。最後まで、ドアを閉めることすらしないまま。



 ピリついた空気がようやく緩んでいく。
だが二人の間には別の気まずさが漂っていた。夏來が視線を向けると、星川の顔はすでにいつものように前髪で隠れていた。

 彼は胸ポケットの携帯を取り出し、録音を止める。そして左手のタブレットを差し出しながら静かに言った。


 「……ここじゃ話しにくい。ちょっと付き合え」


 夏來はこくりと頷き、二人は並んでエレベーターに乗り込む。

 行き先は屋上だった。
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