陰キャな彼と高飛車な彼女 隠された裏の顔
 「もしもし?」


 憂鬱な気分で電話に出た瞬間、母親のヒステリックな声が鼓膜を突いた。


 「あんた、いつになったら結婚するのよ!
もう30にもなって、まだ結婚もしないで。同級生はみんな子どもがいるのに……あんたのこと聞かれると恥ずかしいのよ。こっちは肩身が狭いんだからね!」


 機関銃のように浴びせられる言葉。夏來にはもう、聞き流す術が身についていた。長年かけて編み出した『心を無にする』方法で、自尊心を守るしかなかった。

 (またそれ? だから帰りたくないんだよ。いい加減、あたしを盾にするのやめてよね)


 「……ねぇ、明日仕事あるから。もう切るわ」


 母親に有無を言わせず、通話を切る。


 「ほんっと変わらないよね。あの考え方。結婚して子ども産んで、一生旦那の家族に尽くすのが『女の幸せ』って? 冗談じゃない!」


 携帯をベッドに放り投げ、そのままダイブ。目を強く閉じたが、母親との会話が呼び起こすのは、思い出したくもない灰色の空の下の実家だった。



 幼い頃から村では、『可愛い子』としてちやほやされた。でも家に帰れば、男の子を産めなかった母親が祖父母に責められる姿。父親は決して庇わず、ただ黙って見ているだけ。

 (なんで……自分の妻を守らないの?)

 そして母親も、結局は夏來を盾にして隠れるように振る舞った。攻撃を受けたくないから、娘に矛先を向けさせる。

 (どうしてあたしを差し出すの……?)

 村全体がそうだった。男は黙って家の名前を守り、女は尽くすのが当たり前。愛情も尊厳もなく、ただ『家』と『村』のために女が消費されていく。
まるで奴隷のように。

 (そんな世界に戻るくらいなら、あたしはひとりで戦う方がいい)

 だから夏來は決めたのだ。あの灰色の空の下では絶対に生きない、と。母親のようにも、村の女たちのようにもならない、と。


 ゆっくりと目を開け、過去を頭から追い払うように大きく息を吐いた。自然と口をついて出たのは、大好きな流星5の歌。

 ――流れ星を追いかけて

 枕元のセイのぬいぐるみをギュッと抱き寄せる。

 (だからあたしは、東京でハイスペックな彼を見つけて結婚するんだ)

 脳裏に浮かぶのは経理部経費管理課の先輩・松本主任(まつもと)・32歳。もう何年も、何十回アタックしても、一度も食事にすら行けていない。

 (絶対に落とす。これは決めてるんだから。でも仕事は違う。あたしは女を武器にしない。実力と頭で勝ち取るのが、あたしの流儀だから)

 それだけは絶対曲げられなかった。どんなに高飛車――『タカビー麻生』と陰口を叩かれても、彼女は媚びず、色仕掛けにも頼らない。そこまでは徹底して『潔白』を貫いている。

 虎のように堂々と仕事を獲り、
 蛇のように執念深く恋を絡め取る。

 (でも、恋愛は別。ハイスペ男子を捕まえるためなら、女の武器だって全部使う。
落ちない? 笑わせないで。みんな結婚して退職して、残ってるのはあたしだけ。
主任はあたしの獲物よ。新入りなんかに渡してたまるもんか。 ──明日こそ必ず落としてみせる。だってあたしは最強運がいいから)
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