陰キャな彼と高飛車な彼女 隠された裏の顔
2章: 表の顔
 翌日、カーテンを開けると、すっきりとした秋晴れ。母親との会話で一度はテンションが落ちていた夏來だったが、この青空を見た瞬間、再び気持ちを切り替えた。

 『ハイスペック松本主任』を落とす。ターゲットを絞り込んだ蛇のように、心に決意を宿す。

 あの言葉が、頭の奥で響く。

 『獲物は逃がさない』

 (しつこい? いいじゃない。ヘビみたいに絡みついて、じわじわ締め上げて……必ず手に入れてみせる)


 「落とせない男はいないんだから」


 自己暗示をかけるように呟き、鏡の前で全身をチェックする。

 ダークブラウンのストレートロングを耳にかけ、小さなシルバーの粒が冷たい光を放つ。ブラウン系にまとめた目元。ローズ系のリップを丁寧に塗り上げ、血色を際立たせる。

 洗練された中に可愛らしさを忍ばせる、をうたう人気ブランド『Cool Beauty』のスーツ。グレーのパンツにライトブルーのシャツ、黒のレザートート。シンプルで無駄のない組み合わせは、『できる女』を象徴していた。

 足元は黒のパンプス。余計な飾りは不要――シンプルこそ、全体を引き締める。


 「今日も完璧。あたしは最強運がいい」


 キリッとした眼差しでそう言い切る。
だがバッグの内ポケットにある推しのキーチェーンを思い出すと、ほんの一瞬だけ口元が緩む。

 (うん、大丈夫。セイ君がいる限り、あたしは負けない)

 仕事モードの表情に戻り、玄関を開けた。



 勤務先の株式会社ESPは、東京の北の玄関口と呼ばれる、駅近くの大きな池の周辺にある。七階建てのやや古い雑居ビル。その六〜七階のフロアを借り、六階には事務部門、七階にはエンジニア部門と役員室、そして会議室が並んでいる。

 いつもより早めにエレベーターホールに着くと、ちょうど扉が開いた。夏來は早足で駆け込み、中で『開』を押して待っていた、小柄な女性に気づいた。


 「ありがとう」


 礼を言いながら視線を向けると、それは経理部経費管理課の新條里桜(しんじょう・りお)だった。


 「お、おはようございます」


 小声で挨拶する三歳下の後輩。そのオロオロとした様子に、夏來は無言のまま冷たい視線を落とす。

 (松本主任の直属の部下で、新人の頃から主任に手取り足取り面倒を見てもらってた女……。ああ、ほんと目障り)
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