陰キャな彼と高飛車な彼女 隠された裏の顔
 七階のシステム部は、いつ来ても冷んやりとした空気に包まれ、無機質なモニターの光が点々と並んでいる。

 (ほんと、陰気くさい場所……)

 夏來はヒールをコツコツと鳴らし、静寂をかき消すようにカウンターへ進んだ。


 「すみませーん! ……ハァァ、ちょっと、早く出てきてくれない? こっちは急いでるのよ!」


 人差し指でカウンターをトントントンと小刻みに叩く。その苛立った声に気づいたのは、ひょろりとした影。

 星川琉星がゆっくりとデスクから立ち上がった。ヨレヨレのポロシャツにカーキパンツ。洗いざらしの黒髪は目を覆うほど伸び、ブルーライトメガネの奥に隠された表情は読み取りづらい。

 (……芋っぽい。ほんと、こいつと同期ってこと自体があたしの黒歴史よ)


 「何の用だ?」


 低く落ち着いた声。その冷たさは、この部屋そのものの空気のよう。

 夏來はバッグをカウンターに置き、壊れたタブレットを取り出して差し出した。


 「ヒビが入ったのよ。新しい取引先の情報も入ってるの。だから早く直して」

 「……おい麻生。一体どうやったらこんなことになるんだ?」


 隠れた視線の鋭さに、一瞬だけ胸がざわつく。言葉が詰まりかけたが、強気を装って押し返した。


 「そ、外でつまずいたの! バッグごと道に落としちゃったのよ。だから早く!」

 「……ちょっと待ってろ」


 短くそう告げ、タブレットをコードに繋いで作業を始める星川。キーボードとマウスの音だけが部屋に響いた。

 (あとどれくらいかかるのよ? あたしは暇じゃないんだから!)

 抑えきれない苛立ちが足先に表れ、ヒールが床をトントントントントンと苛烈に打ち鳴らす。


 「ねぇ、星川。まだなの?」

 「……」


 一瞬ちらりと彼女を見る。その視線に心が釘付けになったように、夏來は思わず息をのんだ。ついさっきまで『モブ』『芋男』『陰キャ』としか思っていなかった同期。その姿が、今はなぜか違って見える。

 無駄口を叩かず、淡々と、しかも迷いなく進む指先。営業部では決して見られない集中とスピード。心の奥に、小さな『ハッ』が生まれた。

 (なによ……ただの陰キャかと思ってたのに、意外と……仕事できるじゃない)

 星川は再び画面へ視線を戻し、何事もなかったように作業を続ける。

 (──ふん。昨日は床にはいつくばって推しのセイグッズ拾いしてたタカビー麻生が、今日はキャリアウーマン気取りかよ。器用なもんだな)

 冷たいはずのその横顔に、夏來の胸は妙なざわめきを覚えていた。
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