陰キャな彼と高飛車な彼女 隠された裏の顔
 星川が代替機(だいたいき)を手にカウンターへ戻ってきた瞬間だった--夏來のバッグが倒れ、推しのキーチェーンがカウンターに転がり出る。


 「あっ!」


 (やばっ! うそ! チャック忘れた?)

 呼吸が止まり、慌てて拾い上げる。
夏來の頬が一気に熱くなる。横目で見ていた星川は、昨日の出来事を思い出したのか、口角をわずかに上げる。

 (……最悪。見られた? いや、絶対見られたでしょ!)

 ばつが悪く、タブレットを受け取ろうとしたその時、ブルーライトメガネの奥の視線が、彼女の赤く滲んだ右手に留まった。

 彼は何も言わずにデスクへ戻ると、引き出しを開けた。取り出したのは、流星5仕様のバンドエイドの箱。思わず意地悪い微笑みを浮かべた。


 「お前、手、怪我してんだろ。……ほら」


 差し出されたバンドエイドを見た瞬間、夏來は目を見開く。頬はまだ赤いまま。


 「こ、こんなのいらないわよ!」


 (えっ、これって非売品じゃない?)

 わざと突っぱねようとしたが、結局は素早く奪い取る。

 (ほ、欲しいんですけど、もっと! 一枚はキープ用で本棚に)


 「……一枚じゃ足りないわ。もう一枚!」


 強気を装って言い放つと、星川は苦笑まじりに箱ごと押しやった。


 「全部持ってけ。これ代替機だから。麻生のは修理に出して二、三週間くらいで戻るだろ。今度は落とすなよ」

 「……あんた、絶対誰にも言うんじゃないわよ。もし言ったら──タダじゃおかないから!」


 睨みつける彼女に、星川はフッとかすかに笑みを漏らす。

 (へぇー、可愛いとこあるじゃん。こいつの裏の顔知ってるのは俺だけだろうな……。しばらくこれで遊んでやろう)

 その笑いは妙に艶を帯びていた。夏來の鼓動が早まるほどに。

 (な、何よ……陰キャの星川のくせに。……でも、昨日映画館で感じたあの妙なフェロモンと重なって見える気がする。いやいやいや、ありえないって。こいつと『生身セイ君』を一緒にするなんて! 絶対気のせいよ。 なのにどうしてあたし、こんなに心がざわつくの……?)

 デスクへ戻る星川の背中を、しばらく目で追ってしまう。

 (……っていうか。なんであいつ、流星5の非売品バンドエイドなんか持ってるわけ? まあ、いいか。やっぱりあたしは最強運がいい!)

 胸の奥に小さな疑問を残しながら、夏來はタブレットとバンドエイドの箱をぎゅっと抱えた。
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