私は遠くから
みんなと解散して、夜の街に二人だけが残る瞬間。
 桐谷夕奈は、いつもと同じ笑顔で颯真と話していたが、胸の奥は小さくざわめいていた。

 「桐谷さん、今日はありがとうございました」
 颯真が少し照れくさそうに言う。
 「ううん、私も楽しかったよ」
 笑顔で答えながらも、夕奈の心は緊張でいっぱいだった。

 バイト先では奥手な颯真が、こうして自分に話しかけてくれるだけで、夕奈の心は跳ねる。
 けれど同時に、過去の恋で受けた傷が胸の奥で囁いた。
 ――また傷つくんじゃないか。

 夕奈は思う。
 「でも、好きだから。たとえうまくいかなくても、この気持ちは変えられない」

 颯真はふと、柔らかい声で尋ねた。
 「桐谷さん、休日は何してるんですか?」

 日常の些細な質問なのに、夕奈はドキリとする。
 「えっと……友達と出かけたり、読書したりかな」
 答えながら、ふと考える。
 ――この人に、私のことを少しでも知ってほしい。

 颯真の視線は、いつも優しく、どこか真剣で、夕奈はその目を見つめながら小さな決意をした。
 ――怖くても、近づいてみよう。

 でも心の奥には、まだ迷いもある。
 「私でいいのかな……」
 過去の恋愛で傷ついた経験、奥手な颯真との相性、すべてが頭の中を巡る。

 それでも、笑顔を交わすたびに、夕奈の心は確かに温かくなる。
 ――今は、ただ一緒にいる時間を大切にしよう。
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