悪役令嬢が多すぎる〜転生者リナの場合〜

その9

「あなたの前世は日本人で、今はエリーゼ・フォン・ハプスブルク伯爵令嬢に転生していますよね」
「えぇ、そうよ。13歳で前世を思い出したから、今年で5年目」
「エリーゼ様はどんな悪役令嬢を目指してきたんですか」
「私はごく一般的な悪役令嬢かしら。さきほどのあなたの調査で言うとα系統ね。ほら、私、あまり要領がいいタイプではないから、二面性ありとかカリスマ系は無理かなって。色気もないから妖艶な悪女系も難しいし、実は良い子パターンは好みじゃなくて。消去法でプライド高い系。この5種類の中ではこれが一番簡単なの。扇子を翻して高笑いしていればまぁ、どうにかなるから」

 ふふん、と胸を張るエリーゼに、リナはさらに質問を重ねた。

「でも、エリーゼ様、本当は高飛車系って苦手ですよね。高笑いはすごくたくさん練習して、エリーゼ様の右に出る者なしって言われるくらい上手になりましたけど、ヒロインの服にワインをかけたり、教科書を破いたりって、あまり好きではないでしょう?」
「それは……だって、ワインの染みってあとのお洗濯が大変だし、教科書もこの世界では貴重だからもったいないし。でも、そうしないといけないから心を鬼にして頑張ってきたのよ」

 わざとらしく緑茶をずずっとすすったエリーゼは、唇を尖らせた。

「なぁに、リナってば、私の努力を否定する気?」
「まさか。その逆です。エリーゼ様は悪役令嬢が多すぎる世界で、皆の立場を良くしようと悪役令嬢協定を提案して、委員長にも就任しました。クレームが出ようが市場が暴落しようが、エリーゼ様個人には関係がないのに、わざわざ茨の道を進んでいます」
「それは……だって、ヒロイン役の子たちやフィリップ王子たちに迷惑かけたくないし。それに、いろんな種別がある中で、悪役令嬢たちは全員頑張ってるのよ。システムが悪いせいで悪く言われてしまうのは悔しいじゃない」
「それこそがエリーゼ様の優しさであり、広い心です。エリーゼ様、あなたはこのまま悪役令嬢を続けたいですか?」
「だって、私がいないとゲームが……それに強制力だって」
「ゲームや強制力のことは今は置いてください。私はエリーゼ様の気持ちを聞いているんです」
「私の気持ち……」
「ねぇ、エリーゼ様。私たちが初めて会ったときのこと、覚えていますか?」

 そう言いながらリナは、レジのすぐ横に平積みしていた一冊の本を取り上げた。

「あ、その本は……」
「エリーゼ様が初めてこの店を訪れたとき、買っていかれた小説です」

 それは、親を亡くして悲しんでいる少女と、彼女に寄り添う心優しい少年の物語だった。少年は実は王子様で、司書として図書館で働くようになった少女と再会して恋に落ちるのだ。この世界のベストセラーになっている児童書で、10代の少女たちが必ず目にすると言われているもの。

「あの日、初めてひとりで店先に立った私が売った、初めての本です。エリーゼ様が私にとって初めてのお客様でした。あのときエリーゼ様はこうおっしゃいましたよね。“自分もこんな一途でピュアな恋がしてみたい”と」
「リナ……」
「エリーゼ様、改めて聞きます。エリーゼ様は悪役令嬢を続けたいですか? 悪役令嬢がである自分が、好きですか」
「私……私は、完璧な悪役令嬢を目指していて……。高笑いも、階段落ちも、誰よりもうまくなりたいって、来る日も来る日も練習に明け暮れたわ。血の滲むような努力を……ううん、実際に血を流したことだって一度や二度じゃない。悪役令嬢としてやってきた人生に誇りを持っているわ。でも……」

 ぽつりと声を落としたエリーゼは、何度も目を瞬かせた。泣くのを必死に堪えているようなその姿を、リナは黙って見守った。

「ときどき自分がわからなくなることがあるの。完璧な悪役令嬢を演じすぎて、本当の自分はどんなだっただろうって思う日があって。一途な恋を描いたロマンス小説が大好きで、でもそれは悪役令嬢らしくないから、読んではいけない気がして」
「好きなものを好きということは、悪いことではありませんよ。エリーゼ様は自分がやりたかったことを叶えているじゃないですか」

 自分以外の悪役令嬢のために何かしたいと立ち上がったのは、彼女の優しい心と勇気の成せる技。リナは震えるエリーゼの手を握りしめた。

「思い出してください、前世の私たちの世界はいろんな職業で溢れていました。私やエリーゼ様のようなお勤め人、マルゴー様のようなパート勤務、カルロッタ様のママのような主婦。ほかにもフリーランスになったり起業したり、たくさんの選択肢がありました。何もひとつの生き方に固執する必要はありません。“悪役令嬢”は、たくさんある中のひとつの選択肢に過ぎないんです」

 握る手に力をこめたリナは、ありったけの思いをこめてエリーゼに迫った。

「エリーゼ様、まずはあなたがその道を示してください。悪役令嬢以外の、あなたらしい生き方を見せてやりましょう」
「悪役令嬢以外の生き方……。そうね、リナの言う通りかもしれないわ。私には悪役令嬢以外にやりたいことがあったはずよ」

 立ち上がったエリーゼの瞳には、涙ではなく希望の光が宿っていた。胸に抱くのは、かつての彼女が愛読していた少女小説。

 二人して懐かしいその表紙をめくれば、まだ何物にも染まる前の自分たちが「おかえり」と、あどけない笑みを浮かべて迎えてくれた気がした。

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