寡黙な消防士は秘密の娘ごと、復讐を終えた妻を溺愛する
 ――希美ちゃんには、トラウマがあった。
 恐らく父親のことを思い出して、動けなくなってしまったのだろう。
 娘だけでも助かってよかったと、ホッとしている暇はない。
 これはあの子に取り入る、最初で最後のチャンスなのだ。
 この機会をみすみす逃す気などありえなかった。

「お嬢さん。こんにちは」
「ひ……っ。ひっく……。はれ……? おじしゃん、だあれ……?」
「これから、お母さんを助けに行く消防士だ」

 幼子にとっては兄ではなく爺さんに見えるのかもしれないが、俺はまだ28歳だ。
 おじさんは勘弁してほしいと思いながらも、涙でぐちゃぐちゃになった希美ちゃんの娘をじっと見つめる。

 ――この子……。俺の幼少期に、よく似てないか? 

 訝しげな視線をこちらに向ける少女は、写真に映る過去の自分とそっくりだ。

 ――あの子は俺に別れを告げぬまま、忽然と姿を消した。

 彼女が新しい彼氏か夫に自分との関係は自然消滅をしたのだと告げている可能性もあるが、あの子は俺と顔を合わせようものなら齟齬が生じる嘘をつくような不誠実な子ではない。
 後々二股だと罵られるリスクを犯してまで、果たして希美ちゃんは自分以外の男と関係を持つのだろうか?
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