寡黙な消防士は秘密の娘ごと、復讐を終えた妻を溺愛する
 物を買い与えて一時的にその欲望を上書きすることは出来ても、完全に消失させるのは難しい。
 それに、金銭的な余裕だってなかった。
 トゥエンティーツーのアイスは半年に一度が精一杯。
 お菓子を毎日買い与えていたら、あっという間に破産してしまう。

 この場ではっきりと無理だと言って、夏希に泣かれるわけにはいかないし……。

 私がほとほと困り果て、夏希の期待を込めた視線から目を背けた時だった。
 黒いTシャツとスラックスに、運動靴。
 そんな軽装とともに荒い息を吐き出した男性が、こちらをじっと見つめていることに気づいたのは。

「ぁ……」

 目が合った直後にバチッと電撃のような甘い痺れを感じた私は、全身からサァっと血の気が引いた。
 なぜならばそこには、二度と会うはずのない人が立っていたからだ。

「おじしゃん!」

 今すぐに、夏希を連れて逃げなければ。
 そんなこちらの思惑を実現する前に、私と繋いだ手を離した夏希が男性の胸に飛び込んでいく。
 彼は子どもを軽々と抱き上げると、肩車をしてやる。
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