呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~

第3話 呪われし王女と人柱の嘆き

「ベルティーナ様……ベルティーナ様」

 ──お休みのところ、大変申し訳ございません。
 謙遜した声色に促され、ベルティーナはゆっくり瞼を持ち上げる。

 ……どれほど眠ってしまったのだろうか。
 ベルティーナは目を細めたまま(まばた)きをすると、ハンナの不安げな顔がすぐに映った。

「何……」
「そ、そろそろ……翳の女王がいらっしゃる時間です。御髪が乱れ、ドレスが皺になってしまいますので……」

 (ども)りながらそう言うと、ハンナはソファで丸まって眠っていたベルティーナの身体を、丁寧な所作で起こそうとした。
 しかし、こうもいちいち触れられることに不快だ。ベルティーナは「いいわ」と彼女の手を払い、自ら身体を起こした。

 部屋の隅に置かれた柱時計に目をやれば、午後十一時を過ぎていた。

 ──いつもならすでに眠りに落ちている時間。そりゃ眠いはずだ、と欠伸を一つ。眠気で重たい瞼を思わず擦りたくなるが、すぐにハンナに止められた。

 そういえば化粧をしたのだった。それをすぐに思い出したベルティーナは、無言のままハンナの手を再び振り払う。

「それで、翳の女王をどこに通すの。これから城へ移動するとでも?」
「いいえ、ここで待っているだけで結構だそうです……」

 今にも泣きそうな震えた声でハンナが早口に告げる。それが妙に苛立たしく思えて、ベルティーナは一つ鼻を鳴らした。

「それで他の使用人たちは……?」
「皆様、外で控えております。私は……私はその……」

 次第に血の気を失っていく顔色に、「またか」とベルティーナは呆れる。

 しかし様子を見る限り、彼女が〝自分とは別の何か〟に怯えているのではないかと思った。
 その証拠に、まるで自分に縋るような視線を送るのだから……。

 また過呼吸を起こしかけているのだろう。ハンナがしゃくり上げるように息を漏らし始めたのが分かり、ベルティーナは彼女のエプロンドレスの袖を引っ張った。

「落ち着きなさい。隣に座ってもいいわ。どうしたというの?」

 小声でベルティーナが()けば、ハンナは首を横に振るう。

 やがて、ハンナの背は大きく震え、ヘーゼルの瞳に分厚い水膜が張った。その様子を見てベルティーナはぎょっとし、慌てて彼女の腕を無理やり引っ張った。

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