呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 呆然とそんなことを思ったそのとき──背後から心臓まで響くほどの低い咆哮が轟いた。

 ふと背後に視線を向けると、そこには真っ黒な鱗に覆われた竜──ミランの姿が映った。
 ただの咆哮ではあるが、不思議なことに彼が自分に何を訴えているのか、ベルティーナはすぐに理解できた。

 ──止まれ。俺はお前を屠りたくなんか無い。戻ってこい、ベル!
  と、その言葉が確かに心に響き、ベルティーナは目を(みは)った。

 呪いの有無に関係なく、人が魔に墜ちれば理性を失う。そこで、夜に祝福されなければ葬られる。そんな話は聞いていたはずだ。当然のように自分だって彼に殺されたくない。 ベルティーナは首を振って「嫌だ」と金切り声を上げて叫んだ。
 対して、真正面に座る自己幻視(ドッペルゲンガー)はにたりとほくそ笑んだまま。

「残念だけど止まるのは無理よ? 貴女を動かす怒りの動力源は故郷、表の世界ヴェルメブルグよ?」

 だから、きっとそこに向かっているのだと言って、彼女は満足そうに目を細める。

「……貴女が今、私の身体を支配してるの?」
「馬鹿ね。動かせるわけないじゃない。二つの強い意志が混在しているの。つまりは自我を失ってるのよ? まあ、このままじゃ夜に祝福されなかったと見なされて、ミランに葬られるのも時間の問題でしょうね」

 涼しく言われて、ベルティーナは唇をへの字に引き攣らせた。その瞳には一瞬にして分厚い水膜が張り、大粒の涙がこぼれ落ちる。
 
「そんなの嫌! 私は嫌よ! 認めないわ!」

 大きく首を振って、ベルティーナは叫ぶ。しかし、対峙する自己幻視(ドッペルゲンガー)は表情を一つも変えず、薄紫の瞳を細めていた。

「貴女、私の話を聞いていたわよね? まず、こんなにも汚い本心を知られたら、どう思われるかしらね? 自分のことだから分かってるけど、貴女は彼のことが好きなんでしょう」

 そう()かれて、ベルティーナは素直に俯いた。
 確かに、惹かれてはいるだろうと思う。

 拉致騒動の際に助けに来てくれたこと、自分だけを愛すると告げられたこと……彼の行動と言葉一つ一つを思い返して、ベルティーナは思い起こした。

 誰かに想われることは照れくさいし、恥ずかしいと思うことばかりだが、それでも自分は確かに嬉しかっただろう。
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