呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 思ったままをあっさりと告げると、自己幻視(ドッペルゲンガー)はじとりと目を細め──「馬鹿なの?」と、まったく感情のこもらない声で言い放つと、やれやれと首を振るう。

「馬鹿はそっちよ。貴女は私でしょう? ほら。私を取り込むなりどうにか理性を戻さないと、貴女も好きなミランに屠られるわよ?」

 顎をそびやかしたまま言ってやると、自己幻視(ドッペルゲンガー)は大きなため息を一つ吐いた。

「さすがは自分自身だわ。本当に高慢で面倒くさい言い方をして腹が立つわね」

 そう言うなり、彼女はベルティーナの胸の紋様に手を伸ばした。

「本当だったら希望を知ってしまった馬鹿みたいな貴女を殺してしまいたかったのに……」

 ──残念だわ。と、彼女がそう言ったそのときだった。
 胸の奥がじんと熱くなり、ベルティーナは硬く瞼を閉ざした。

「いいこと、ベルティーナ、私を認めなさい」

 その瞬間、ベルティーナの心の奥底に様々な記憶の断片が浮かび上がった。

 ──庭園を囲う赤砂岩の柵の向こうに行けなかったこと。本当の父や母に会えなくて寂しかった幼少期。本当は会いたかったこと。弟ができたと聞いて、一度だけ庭園を抜け出して怒られて、とても悲しかったこと。
 賢女が死んで、本当の独りぼっちになってしまったこと。誰もが自分を恐れたこと。

 そして、ふと浮かんだのは、秋の日に見送った傷ついたカラスだった。
 そのカラスを見送ったときの切なさ。表情にこそ出せなかったものだが、あの一週間ほどは久しぶりに一人じゃなくて嬉しかった。だからこそ、見送ったときは寂しかった。

 しかし、そのカラスの瞳の色なんてまったく覚えてもいなかったが、あの色は……確か、初夏の木々を思わせる碧みを含んだビリジアンで……。

 ──ミラン!

 ベルティーナは彼の名を叫び、はっと目を(みは)った。

 陽光が燦々と降り注ぐ遠浅の海。鏡のような水面に映る自分の姿は、まるで紫の花弁に似た鱗を寄せ集めたかのような竜と思しき獣の姿だった。
 それはまさに、真っ暗な闇の中で見た悍ましい獣の姿そのものだった。しかし、すぐに焦点が合わなくなった。

 あまりに眩しく目が眩み、後ろを向いたとしても、そこにいたはずのミランの姿が見当たらない。
< 143 / 164 >

この作品をシェア

pagetop