呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
生憎(あいにく)だけど……私に魔性の者の知り合いなんていないわ。記憶違いじゃなくて? そもそも人と魔性の者に関わりなんてないでしょう? 名前に関しては、貴方の好きに呼べばいいけれど」

 ──愛称なんて付けられたこともないから、すぐ反応できるか分からないけれど。
 毅然としてベルティーナが続けて言うが、彼は返答もしなかった。

 彼の表情はどこか乏しいもので、なんだか自分を見ているような気分にさえなってしまう。
 しかし、自分はまだ視線を向ける。だが、彼はほとんど向けやしないのだ。ベルティーナは少しばかり居心地の悪さを覚え、一つ咳払いをした。

「話は以上かしら?」

 そう()くと、ミランは無言のまま頷き、(きびす)を返す。だが、途端に何かを思い出したのか、彼は急に立ち止まり、ベルティーナを一瞥した。

「ゆっくり休んで。明日は俺、暇を貰ってるから、色々と案内できると思う」

 それだけ言うと、彼はベールを捲って自分の部屋へ戻っていった。
 
 ……角や鱗や尾があろうが、顔は悪くない。しかし、つかみどころがなく、非常に扱いづらそうな婚約者だとベルティーナは率直に思った。だが、強引に迫るような乱暴な性質だとか、やかましい気質な相手でなかったことだけはよかったと思う。

 ──ヴェルメブルクへの報復のため、この世界でうまくやっていかなくては。
 そんなことを思いつつ、ベルティーナはカモミールティーをすべて飲み干した。

 しかし、「俺のこと、覚えている?」とは……。

 自分からすればまったく見ず知らず。それなのに彼が知っているかのように言ったことが少し気がかりだった。
 ひとしきりベルティーナは思考を巡らせてみるが、やはり分からない。それに、いい加減に眠気で頭がぼんやりとするもので……立ち上がったベルティーナはベッドの中に潜り込んだ。

 ***

 一つ寝返りを打って、薄く瞼を開くと、見知らぬ天井だった。
 そうだ。自分は翳りの国に来たのだ。それをすぐに思い出したベルティーナは、むくりと身体を起こした。

 天蓋のベールの隙間からは、絹糸のように細い光が漏れている。もう昼間だろう。だが、静謐に包まれ、物音一つも聞こえてこなかった。

 ベルティーナは天蓋のベールをめくる。
 部屋の端に設置された柱時計に目を向けると、正午前を示していた。

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