呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
Chapter1

第1話 翳りの朝霧、毒花の旅立ち

──セージにオレガノ、ミントにローズマリー。

 多年草のハーブが青々と生い茂る早朝の畑は、霧が煙っており、青々とした匂いが凜とした空気に満ちていた。

 もうすぐ日の出の頃合いだ。霧の合間から陽光が金糸のように差し始め、爽やかな一日の始まりを告げる。だが、薬草畑でせっせと雑草をむしるベルティーナの面持ちは、鉄仮面のごとく硬い無表情だった。

 庭園での暮らしは物心ついたときから。朝の薬草畑の手入れは彼女の日課だが、今日でそれも最後だった。

 雪解けの春を過ぎ、草木が萌える初夏。本日、ベルティーナは十七歳の誕生日を迎えた。すなわち、翳りの国へ嫁ぐ日である。

 ベルティーナにとって婚姻は大した問題ではなかった。特別に気がかりなことなど特にない。強いて言えば、育ての母である賢女から受け継いだ庭園の花々や薬草畑の行く末だけが気がかりだった。

 ……とはいえ、ここは王城の敷地内だ。

 きっと城に仕える薬師か庭師が面倒を見てくれる。要らぬ心配に違いない。そう思い直したベルティーナは、焦茶色のワンピースの裾を翻し、優雅な所作で立ち上がった。

 王女という身分でありながら、城に入ることを拒まれたベルティーナは、物心ついたときからこの庭園でひっそりと暮らしてきた。はじめは王城に仕える薬師の老婆と暮らしていたが、彼女が他界したのは五年前。それ以来、ベルティーナは一人でこの庭園で暮らしてきた。

 だが、その生活に不便はなかった。

 毎日、庭園の入り口にはパンやミルク、腸詰め肉のほか、さまざまな食材を使用人たちが置いていく。加えて、庭園内の畑で作物もいくらか育てているので、食べ物に困ったことは皆無だった。

 古ぼけた見張り塔(ベルグフリート)の近くには井戸もある。そのうえ、ブナの樽で拵えた立派なバスタブもあるのだから、入浴だって毎日できた。さらに言えば、賢女の遺した書物が本棚にぎっしりと詰まっており、少しの娯楽だってあった。とはいえ、この暮らしが十七年だ。

 さすがに書物はすべて読み終えているどころか、何周も読み返しており、内容はすっかり頭に入っていて、いい加減に飽きてしまうほどだった。

 それでもベルティーナは本が好きだった。なにしろ、本は外の世界を知れる唯一の存在に違いなかったからだ。

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