呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 だがそれでも、あのときのミランの言葉を思い出してしまうもので、ベルティーナは彼女と会話を交わすこともなく、その後ろ姿だけ眺めていた。

「さて、着きました」

 紳士的な所作で、彼女はベルティーナを先に昇降機から下ろすと、再び先導した。
 それから、深紅のカーペットが伸びる廊下を歩むこと間もなく。一つの部屋の前でリーヌは立ち止まった。

「起きていると思います。昇降機の起動に困るでしょうから、お時間を伺ってまた参ります」

 そうしてリーヌは紳士的な礼をした後、足早にその場を立ち去った。
 リーヌが立ち去った後、ベルティーナは恐る恐る叩扉(こうひ)した。すると、すぐに扉の向こうからハンナの朗らかな声が響いた。

 ……ハンナとはあれっきり会っていない。

 あのとき、助けを求める彼女に自分は何もできなかった。そもそも、魔に墜ちることに腹を括っていたとはいえ、自分についてきたから彼女はこうなったのだ。
 会って、拒絶されても仕方ないだろうとは思う。ベルティーナは扉を開けることもできず、立ち尽くしたままでいたが……。

 途端にきぃと扉が開き、ベルティーナは目を(みは)った。

「ベルティーナ様」

 ハンナは目を丸くして、ベルティーナを澄んだ黄金(きん)の瞳で見下ろした。

 ……確か、彼女の瞳はヘーゼルだったはず。そんな風に思うが、ふと視線を上げると、彼女の頭にはピンと立つ獣の耳と、ふわふわとした尾が背後にあった。

「入ってください、ベルティーナ様」

 優しい笑みを浮かべたハンナは、ベルティーナに中に入るよう促すと、部屋の扉を閉めた。

 使用人の部屋は自分に宛てられた部屋とは比べようもないほど質素だった。だが、黒を基調とした部屋は変わらず、調度品は豪奢ではないものの、気品のあるものだった。
 そうして、ベルティーナはソファに座るよう促され、ハンナはベッドに腰掛けた。

「調子はどうかしら……」

 視線も向けられず、ベルティーナが()くと、「お陰様で」と彼女は少し嬉しそうに言った。

 しかし、予想外の反応である。拒絶されるかと思ったが、以前と何ら変わらぬ調子で、彼女はベルティーナに優しい視線を向けていたのだから……。

「その……ごめんなさい。あのとき、貴女が助けを求めたにもかかわらず、私は……」

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