呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 すっかり傷の状態も良いのだろう。肘まで露出した腕の傷はすでに塞がってはいるが、まだ痛々しい赤いミミズ腫れが走っていた。それでも彼がこの時間に城にいるということは、数日仕事とやらを休んでいたと思われる。

「リーヌは?」
「そのうち来るんじゃないのか?」

 彼があっさりと答えて間もなくだった。通路の向こうからリーヌが歩いてきた。

「すみません……逆に待たせてしまったようで」

 慌てた様子でリーヌが駆け寄るので、ベルティーナはすぐに首を振った。

「ついさっき出てきたばかりよ」

 事実を述べただけだが、リーヌは心底安堵したような表情を見せた。が、すぐにジト……とした視線でミランを睨む。

「……で、ミランは部屋を抜け出してベル様の追っかけか? 数日は安静と言いましたよね」
「傷の具合だいぶ良い。だって暇だし。ベルの部屋からお前の声が聞こえてきて、ハンナが目を覚ましただとか聞こえたから」

 ──だから一応様子見に、と付け加えて、彼はそそくさと昇降機に向かって歩み始めた。その後ろ姿を睨むリーヌは不服そうに目を細めたままだった。

 そうして部屋に戻る、帰りの昇降機の中。リーヌはミランに安静にしていないことを延々と咎めていた。
 しかし、その様子ときたらまるで痴話喧嘩のよう。さすがにこれには煙たく思えて、ベルティーナは目を細め、黙ってそれを聞いていた。

(一応私は婚約者なのに、よくもまあ……)

 よもや自分のことなど見えていないようにさえ思えてくる。
 そう思うと、あのとき感じた胸の痛みがぶり返してくるもの、早く上層階に着かぬものかと、ベルティーナが一つため息をこぼした途端だった。

「──どうか、ベル様も何とか言ってくださいよ! 本当にミランはいつもいつも……! 僕の言うことを聞かないんです!」

 ぷりぷりと怒り散らすリーヌに話を振られるが、ベルティーナは何も答えることができなかった。

 この世界でうまくやり、居場所のある幸せな自分を想像してはわずかに希望を抱いていた。それが、ひたすらに惨めに思えてしまうもので、無性に目頭が熱くなる。

(私は、きっとこの世界でも祝福されない。自分の存在していい居場所はきっとここにもない……)

 ふと、思い立つ言葉はまるで呪いのよう。視界を霞ませ、胸の中に嫌な重みを与えた。

「ベル様……?」

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