呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 聞かれるが、答えられない。ベルティーナが眉をひそめて首を振るうと、彼女は優しく笑みながら深く頷き唇を開く──

「……ミランは王子ではありますが、国の防衛を司っています。護衛たちを統べる長。ナハトベルグを守る〝翳の番人〟です。僕は彼の身の回りの世話をする近侍(きんじ)ですけど、同時に侍従(じじゅう)でもあります。彼の仕事は小悪党なんぞと背負ってるものの大きさが格段に違いますから」

 リーヌははっきりと告げるが、そう言われてもなかなかピンとこない。そう、国防だの、それを統べてるだの、スケールがあまりに大きすぎて。
 そして……つまりは、王座に座るのは、それだけの力を持つ者と、いうことで。

 そんなことを考えていたと同時だった。外から断末魔の叫びが劈いた。
 間違いなく決着がついたのだろう。
 ベルティーナはリーヌの手を振り切って納屋の外に駆け出した。だが、表に出た瞬間に目にした光景に絶句した。

 茶色の毛で覆われた巨大なイノシシ。その首根を噛む生き物は、イノシシよりも少しばかり小柄な不思議な生き物だった。

 ──黒曜石のように艶やかな蒼黒い鱗に覆われたその生き物は、どこか蜥蜴を思わせるが、両腕から剣のように伸びる雄大な翼がその印象を裏切っていた。
 
 それがミラン──彼の真の姿なのだろう。頭頂に輝く、ミランと同じ巻き角が、その証を雄弁に語っていた。
 
 見慣れぬ姿ではあったが、どこか既視感を呼び起こす。

「竜……?」

 ベルティーナは小さく呟き、特徴を一つ一つ確かめるように目を凝らした。
 神話や冒険譚の中でしか知らなかった存在が、今、目の前に生きているなんて。
 
 獰猛で狡猾そうな碧翠の瞳、しなやかな黒の肢体──その姿は妖しくも気高く、まるで黒曜石が命を宿したかのようだった。ベルティーナは思わず見惚れ、冷たいアイスブルーの瞳に一瞬の揺らぎが走る。

「ベル様、魔性の者が本来の姿を晒しているときには近づくのは危険ですよ。まあ、もう決着はついたようですし、大丈夫でしょうけど……」

 リーヌは落ち着いた声でそう告げ、背後のイーリスとロートスを軽く振り返り、口元に優雅な笑みを浮かべた。
 埃にまみれた戦場の只中で、執事服に身を包んだ彼女は凛と立ち、風に揺れる赤髪がその麗人ぶりを際立たせていた。

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