呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 ハンナのように〝夜に祝福〟されればいい。だが、祝福されなければ葬られることを知ってしまったこともあるからだろう。それに、目の前でハンナが魔に墜ちる場面を見てしまったせいで、あのような苦しみを自分も味わうものかと不安は尽きない。

 ベルティーナは紅茶を飲み干した後、周囲を軽く確認するように辺りを見渡した。

 今はハンナと二人だけ。イーリスとロートスの双子の猫侍女に関しては、今日部屋の掃除を行っているそうで姿はない。
 誰もいない。二人きり……それを確認して、ベルティーナは少し躊躇いながらも切り出した。

「ねえ、ハンナ。少し聞きたいことがあるのだけど……」
「改まってどうされたのです?」

 途端に声を掛けたことに驚いたのだろう。ハンナは黄金(きん)の瞳を丸く開いて、小首を傾げた。

「その……魔に墜ちたとき、貴女とても苦しかったわよね。どんな感じなのかしら。あまり記憶に無さそうだけど、何か覚えていない?」

 ベルティーナは声をひそませて()くと、ハンナは顎に手を当てて瞑目した。

「ううん……そうですねぇ。あのときのこと……」
「ほんの些細なことでもいいの。どんな感じだったか覚えていることがあれば教えて欲しいわ」

 あくまで毅然と、表情を変えずにベルティーナが聞くと、ハンナは何かを思い出したのか、ぱちりと黄金(きん)の瞳を開いた。

「ええ……そうですね。とても苦しかったですよ。確実に死ぬと思いました。骨が砕けるような……でも骨なんか砕けたこともないので(たと)えですけど。全身が痛かったです。ですが、あまりに苦しくて痛くて、そこで意識が途絶えたものですけど……」

 完全に魔性に墜ちた瞬間のことはまったく覚えていない、と彼女は言い切った。だが、途端に何かを思い出したのか、「あっ」と言葉を発した。

「……ただ、なんですかね。自分の心に住まうもう一人の自分に会ったような感じはありました。なんと言うか……醜い心を持つ自分といいますか……」
「もう一人の自分?」

 ベルティーナは眉をひそめて復唱すると、ハンナは頷いた。

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