呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
「ええ……こう、今だから言えますけど……。取り乱した私の背を優しく摩ってくださったベルティーナ様のお人柄を知って、翳りの国に来ることに私も腹を括りましたが、当然、魔に墜ちることは怖かったです。だって、人間じゃなくなるんですもの。その恐怖を魔に墜ちる苦しみの中で思い出し……」

 そこまで言ってハンナは話を止め、ベルティーナを不安げに一瞥した。

「い、今はそんなことは思ってもいませんよ? ベルティーナ様のせいなんて微塵も思っていませんから。どちらかというと自分の運命を呪ったというか……」
「分かってるわよ。いいわ、気遣わず話を続けてちょうだい」
「なんですかね。あれが自己幻視(ドッペルゲンガー)とでもいうのでしょうか。ここで幸せに生きていこうと思う私の思いや感じた幸せ。それをもう一人の自分がすべて否定するのです。ですが……」

 ハンナは複雑な面持ちで言葉を止めた。だが、表情を見るからに何かを必死に思い出そうとしていることが目に見えて分かった。

「忘れてしまったなら、無理に思い出さなくてもいいわ」

 ベルティーナはさっぱりとした口調で言うと、ハンナはへこりと頭を下げた。

「ごめんなさい……。本当にもう記憶も朧げで……」

 ──自己幻視(ドッペルゲンガー)らしきものが消えた途端、意識を取り戻し目が覚めたようなものだった、とハンナは言い切ると、深いため息をこぼした。

自己幻視(ドッペルゲンガー)ね……」

 確か、超常現象の一つとして書物の中で見かけたことがあっただろう。
 それを見た当人が死ぬと言われているが、もう二度と人間に戻ることができない呪いだからこそ、あながち間違っていないように思える。

 ……しかしハンナの話を聞き、すべてを繋ぎ合わせると、邂逅した自己幻視(ドッペルゲンガー)に打ち勝つことが夜の祝福になるのではないかと憶測できる。
 と、なると……自我を失っている状態は自己幻視(ドッペルゲンガー)が自分の身を支配した状態と言えるのだろうか。そんな憶測がよぎるが、事の真相は分からない。

 しかし、痛みと苦しみの果てに待ち構えるものが自分だと考えると、なんだか少し気楽に思えて、ベルティーナはやや安堵した。

 自己幻視(ドッペルゲンガー)──それは自分の複製のようなものだと仮定できる。

 つまり、自分を相手にすることになるだけだ。
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