呪われし復讐の王女は末永く幸せに闇堕ちします~毒花の王女は翳りに咲く~
 しかし驚いたのは、街の者たちが先日の拉致騒動の件を誰もが心配してくれていたことだ。
 荒々しい相手。それも、なかなかに強い相手だったからこそ、決闘での勝ち目がないことを理解し、ベルティーナたちを助けることができなかったことを深謝されたのである。

 力関係が法であり、それがすべてなら、あのときの見ず知らずの対応は仕方がなかったとベルティーナも納得する。だからこそ、介入せずに城に知らせ、ミランを呼んでくれたのだと……。
 だが、こうも謝られてしまうと、どう答えてよいかも分からず、ベルティーナは困窮した。その様子を見かねたのだろうか……。

「いち早く伝えてくれたことを感謝する。何かあれば城に知らせてくれ」

 そう言って、ミランはベルティーナを連れて、その場を後にした。

 街の通りを抜け、辿り着いた先は川辺だった。
 石の橋を渡ると、丘陵一面の葡萄畑が明かりで照らされてぼんやりと浮かんで見える。

「それで、どこに行くの?」

 行き先も分からず歩まされるのも少し如何なものかと思う。ベルティーナが眉をひそめて()くと、ミランは「もうすぐだ」と短く答えた。
 そうして歩むことしばらく。辿り着いた先は、葡萄畑の麓に佇む木工張りを施した古めかしい家屋だった。

 その家屋のドアをミランは何の躊躇いもなく叩扉(こうひ)した。

 果たしてここに何用か……そう思い、ベルティーナが首を傾げた間もなく。家の中から足音が聞こえてきた。

 ぱっと扉を開けて姿を現したのは、目が覚めるほどに真っ白な髪色をした初老の女性だった。顔立ちはとても優しげなもので、ミランや女王、リーヌと同じく角や鱗があることから竜と思われる。

「あらあら、まあまあ……ミランちゃん」

 とてつもなくほんわかとした喋り方だった。

「ミランちゃん……」

 しかし、あまりに衝撃的な呼び方だろう。思わずベルティーナが復唱すると、ミランがこめかみを押さえて首を振った。

「もう成人してるんだ。頼むからその呼び方はもう止めてくれ、マルテさん……」
「まあまあ。だって私の可愛い妹、ヴァネッサの息子のミランちゃんだもの」

 ……ヴァネッサの。つまり女王の姉と。あまりの衝撃の告白にベルティーナは目を(みは)り、ミランと初老の女性の交互に見る。

< 99 / 164 >

この作品をシェア

pagetop